第十二話

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 うっかり潤んでしまった瞳と真剣で必死な謝罪が、真琴を破顔させた。  先程同様、握り返してくれた手のひらの温かさに三年分の想いがよみがえり、募っていく。  俺は間違いなく、真琴に甘えていた。  何をしても、何を言っても、盲目な真琴は俺に毎日〝大好き〟を届けてくれると胡座をかいていた。  少しの見詰め合いの最中、俺は二の句を惑った。  あんまり大きな声では言えないけど、と真琴が口火を切るまで、柔らかな時が流れていたからだ。 「もしかして怜様、ご両親のこと引き摺ってる?」  何気なく問われ、目を見開く。  驚くべき事に、真琴のそれは正確に的を射た。  彼を話が通じない子だと一蹴するのは簡単だ。 だがしかし、県内有数の進学校で教科書とノートを流し見するだけで平均より上の順位に居られるほど、真琴は不思議にも敏い。  思えば俺は、真琴のそういうミステリアスな魅力には昔から囚われていた。  うるさいし、しつこいし、根本的な性格が合わないし、何かと手が掛かる変な子だけれど……何故かずっと、俺の方が真琴をそばに置いていた気がする。  ──腑に落ちた。  今なら、とても滑らかに言葉を紡げそうだと思った俺は、真琴の手をギュッと握って白状した。 「俺、……真琴に裏切られるのが怖かったんだ。 真琴が「好き」って言ってくれる、俺が「うん」と答える、そうしたら前進する事になるでしょ。 その先には憎しみ合う修羅場しか無いと、思い込んでて」 「うわぁ、……怜様っぽい。 しょうがない事なのかもしれないけど、怜様っぽいなぁ」 「……ごめん……」 「怜様のご両親のこと、おれは間近で見聞きしたわけじゃないから軽率な事は言えないんだけどさ。 離婚を見据えて結婚する人って居ないと思うんだよね」 「……確かに」  真琴の正論に、俺は深く頷く。  今日は非常にたくさんの〝目から鱗〟が連発している。 「おれだって怖かったよ。 毎日〝怜様大好き!〟って言ってないと、怜様が離れて行っちゃう気がしてたから。 エッチしてる時もそうだよ。 おれの顔気持ち悪くないかなとか、声出し過ぎたら怜様のアレが中折れしちゃうんじゃないかなっていつも不安だったよ」 「そんなこと……っ」 「ないよね。 だって怜様、おれの事すごく大事にしてくれてたもん」 「え……?」  そんな意識は無かった──真琴の思いがけない台詞に、再度目を見開いた俺はいつの間にか彼の腕に捕らわれていた。  俺に対し怒りや失望を感じているのならともかく、あわよくばを願っていた真琴はまだ、俺を〝大好き〟だと思ってくれているというのか。  無意識に真琴を抱き締め返すと、俺は更なる驚愕に見舞われた。 「怜様の嫌いだよ、は〝好きだよ〟の裏返し。 付き合えない、は〝とっくに付き合ってるよ、何言ってるの〟の裏返し。 そういう目で見れない、は……〝真琴しか見えてないよ〟の裏返しだった」 「え、えぇ?」 「そうでしょ? 怜様、いい加減認めなよ」 「…………っ」 「そんな頭でっかちな怜様に聞きます。 おれの事、ほんとはどう思ってるの? キャンプに行くな、は〝どこにも行かないでほしい〟の裏返し、でしょ?」  常々真琴に言い放っていた言葉の数々。 その裏……。  意図していたわけではなかった。  考えながら言ってた事なんてなかった。  傍から見ると冷たい俺の言動に、真琴はなぜあんなにもへこたれずに居たのか……そんな風に言葉の裏を読まれていたとは思いもしなかった。  そして俺は、それらを否定する事が出来ない。 まるで辻褄が合うからだ。  俺のみっともない覚悟も、女々しい性根も、すべて真琴には見透かされていたという事なのだ。  ……降参だ。 俺の、完敗だ。 「そう、です。 ソイツを彼氏って言うくらいなら、俺がなりたい。 俺、真琴のこと誰にも取られたくない……! ごめんね、真琴……っ、今まで本当に、ごめんね……」 「……怜様っ!」  力強く抱き締めた真琴には、謝っても謝りきれない。  いくら言葉の裏を読んでいたとしても、そうせざるを得ないようにした俺は真琴を傷だらけにしたも同然だ。  これほど俺に盲目で、忠誠心の塊のような愛おしい人を──。
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