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結局、真琴の突飛発言によって俺達の関係に答えは出ないまま、梅雨時期は過ぎていった。
実家暮らしの俺に真琴から連絡が入るや、懲りない俺は当たり前のように彼のひとり暮らしの住まいへ赴き、やいのやいの言いながら勉強やレポートをこなし、夜は必ずと言っていいほど体を重ねる。
件の話し合いが進まないのでコンドームは次々買い足され、一週間で一箱を使い切る全くもって健全ではない生活が続いていた。
近隣のカフェで朝食を摂り、学部の違う真琴と大学構内を並んで歩いていると、傍から見ればごく普通の友人同士に映るだろう。
ちなみに今朝も、俺の朝勃ちと真琴の〝したい〟を理由に激しい運動をしてから登校している。
やはり健全ではない。
「怜様、昼は食堂だよね? 由宇も来るって?」
「うん、そう言ってたよ」
「やった! おれ昨日も一昨日も由宇に会えなかったから嬉しいなー!」
「そうだっけ」
「うん!」
医学部に在籍する由宇(ゆう)とは、俺達の共通の友人だ。
子犬のように可愛らしい容姿と、高校入学時からほとんど変わらない背丈が未だに彼のコンプレックスらしいが、それを気にしている事がそもそも愛らしい。
一緒に居るととにかく落ち着く穏やかな彼に、俺は知り合って半年も経たずに恋をして……あっという間に玉砕した。
高校の入学式という晴れの日に、桜並木をひとりぼっちで歩いていた背中がとにかく切なくて、可哀想で、席が前後だと知った時にこれは運命の出会いだと思った。
後に、その切ない背中の理由が判明する。
両親の不仲で心を傷めていた由宇が自分と重なって、放っておけなかった。
俺もその時ちょうど、両親の事で塞ぎ込んでいた時期で……寂しくて不安だったから。
若い女と恋に落ち、気付けば家庭を顧みなくなった父親は不在がちになり、その身勝手な父親の不貞によって母は精神を病んだ。
楽しかった家族団らんの日々は二度と帰ってこない。
専門の病院に入院し、自ら命を絶つ危険すらあった母は退院する事はおろか面会さえ容易にはできなかった。
高校の教員としてバリバリ働いていた快活な母は、突如として裏切られた悲しみと恨みに取り憑かれていた。
当然だ。
父親は若い女と逃避行、母親は精神病院に入院。 家族の思い出に溢れた自宅マンションが、独りになった俺に追い打ちをかけてくる。
そんな絶望的な心中を、同じく傷を負った由宇と過ごす事で誤魔化していた。
あの時、俺が一番、由宇に寄り添っていたつもりだ。
毎日のように泊まりに来ていた由宇は、毎夜悪夢を見ては汗をびっしょりかいて飛び起き、自分の事はさておけるほど心配で心配でしょうがなかった。
だからと言っては何だけれど、由宇も当然、俺と同じ気持ちだろうと思っていたのだ。
それは今も尚、黒歴史の一つとなっているほど大きな勘違いだったが。
由宇を悩ませたくなくて、悲しませたくもなくて、俺の気持ちが本気だと知られたら友達でさえ居られなくなる恐怖に、とっさに嘘を吐いた当時の俺の采配は正しかったと思う。
その由宇が俺と真琴を引き合わせ、後々三人揃って同じ大学に通う事になるなんて、あの頃は想像だにしていなかった。
無論、真琴との関係が今日まで続いている事も然りだ。
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