もう逢わない、もう逢えない。

8/11
56人が本棚に入れています
本棚に追加
/124ページ
 ────だもんって何だ、だもんって。  少なからず、心臓にクるものがあって、思わず黙ってしまう。自分のことをこんなに求められ、多少なり心が動くことはおかしいことではないはずだ。同性であっても、この人の人間性はあまりに魅力で溢れている。知れば知るほど、愛おしさが増してしまう。  強請られるがまま、私は夜々塚さんの頰に片手を添え、唇を重ねた。シンとした室内に、お互いの小さな呼吸音だけが響いている。ちゅ、ちゅ、とリップ音の鳴る軽いキスを繰り返し、最後は食べるように深く唇を重ねた。夜々塚さんの舌は小さい。強請るくせに私がそれに触れようとすると、口内を逃げ惑う。そして私の胸を叩く。その手を掴み、舌を絡め取ると、途端に腰が震える。  この人と出会うまで、キスや性行為に対していい印象はなかった。教科書通りのセックスと比喩されてから、体の触れ合う行為を避けるように生きていた。  なのに、この人とのその行為は苦ではない。寧ろ──。 「はぁっ……正さん、ほんと、自分勝手」 「自分勝手なのはお互い様です」 「キスが上手くてムカつく」 「……上手いですか」 「うん、すんげー俺好み。腰が砕けた責任とってよ」  すり、と胸に額を擦り付けられ、その頭を撫で付ける。  本当に、簡単に私の隣に馴染んでしまう。最初はこの人と過ごす時間が不本意でしかなかったのに。今、この人が自分に寄り添っている時間が過ぎてしまうのが、惜しいとさえ思う。  ────明日は大切な会議だ。本来なら前日はそれに備えて早く寝る。しかし、寝たらこの人当たり前だが帰る。……帰ってしまう。  私は深い深いため息を吐き、キスの余韻に浸る夜々塚さんの両脇を掴む。そして、担ぎ上げた。そしてリビングの電気を消す。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!