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総本山ともなれば大晦日なんて参拝客で境内は溢れ返っていた。想像はしていたが予想を遥かに上回っている。
「う…わ」
黒山の人集りを前にして思わず足が止まった。
ひと、ひと、ひと。こんなにひとばかりだと、私にはもはや見分けが付かない。
…まあ、脚が3本あるとか首が本来曲がらない方向に向いてるだとか、明らかなものはわかるけど。
私が群衆に尻込みしてしまったのはそれが理由でもある。さてさて、この大勢のひとの中に、一体どれくらい“ひとでないもの”が紛れ込んでいるのやら。
まあこういうのは大抵ひとが沢山集まっているから誘われてやって来ただけで、こちらから接触しなければ害はない。
厄介なのは、その他大勢の善良な市民の皆々様の中に巧妙にひとの振りをして混じっている奴らだ。
あいつら影とか足とか普通にあるし、まじ見分けがつかん。頼むから、端から見れば何もないとこに向けて挨拶を返して、結果私だけが不審者扱いされるのは勘弁願いたい。
「----もし」
物思いに耽っていると背後から声を掛けられ振り向き様、
「は…」
はい。と言いかけて口を閉ざした。
私の後ろに立っていたのは顔の白い女性だった。普通のひとに見える。けれど、服装がこの極寒の真冬なのに薄い長袖だけなのが気になった。
あと、なんとなく嫌な感じもする。こういう時の感は、あたる。
どっちだ…。
天敵を前に警戒する動物の如く固唾を呑む私には構わず、女が私を”見たまま“首を捻り身体を後ろに向けた。背中が完全に私の方に向く。腕がゆらりと上がり、ヒヤリとした声が言う。
「彼方に行きたいのです」
あたりだー!!!
心の中で絶叫する。
さも、人間ですけど? って顔してるけどなぁ、人間は首が180度も曲がらないんだよ!
くそ、この打率の高さ! この運を年末ジャンボに全振りしてくれよ!
直ぐ様、何もなかった見なかったかのように回れ右しようとしたら、手を掴まれた。ぞっと肌が総毛立つ。掴んでくる手。それがまあ冷たくて冷たくて、凡そ人間の温度ではない。
「彼方に行きたいのです行きたいのです行きたいのです」
平坦な声が壊れたレコードのように同じことを延々と繰り返す。ぎり、と手首に籠る力。
「う…」
ああ~どうすっかなあ…くそう、神社の中にいればまだ大丈夫だと思っていたのになあ…。
全速力で御神体のもとへ駆け込むか…と、脱出の算段をつけている時だった。
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