3人が本棚に入れています
本棚に追加
木漏れ日が差す木々の間を抜け、程なく表れたのはびっくりするほど大きい立派な洋館だった。
どこの貴族の別荘かな…? あれ、私、華族の家事手伝いに応募しちゃったかな…?
若干の現実逃避をかましていると「ああ…!」と、いきなり青年が悲痛な声をあげた。
「申し訳ありません。わたし来客用のスリッパを出すのを失念しておりました」
「すぐに御用意します。少々、少々御待ちを!」と言い置き、青年が屋敷の奥へ走って行ってしまう。その背中が心なしか嬉しそうに弾んでいるように見えて、顔も完璧なのに茶目っ気もあるとかすげぇなと変な感心をしてしまった。
さてさて、無駄に豪勢な玄関に取り残されてしまったぞ。
広い玄関ポーチに、両開きの扉、開ければ吹き抜けのエントランスホール。中央にどんと聳える階段を登った先にはどれ程の部屋が続いているのやら。
こりゃあ、まじで貴族だわ。
尻込みしてしまったが、よし、と気合いを入れ直す。どんな求人だろうが、これも何かの縁だ。全力で面接に挑んでやろう。兎に角、私は社会人になりたい。社会人になって、自分で自分の世話が出来るだけの金を稼げるようになって自立するんだ。そのためにも私は働きたい。
「働きたい?」
私の心の声が別の声で聞こえて驚く。
スーツの袖が引かれる。
見下ろせば、いつの間にかそこには見覚えのある男の子がいた。神社の境内で会った子だ。
「君…」
「そんなに働きたい?」
小さな口が再度問う。私、独り言言ってた? とか、言うでもなく、私は素直に頷いていた。
「うん」
その時、パタパタとスリッパの音がして「すみません、御待たせしました」と青年が奥から姿を見せた。
私と目が合ったと思えば、直ぐに視線がずれ、
「社長」
その場で青年が恭しく頭を垂れた。
「お連れ致しました」
え、社長がいるの? どこどこ? 誰もいないけど? ときょろきょろしている私の隣で「ああ」と鷹揚に頷いたのは、齢10歳にも満たないだろう男の子だった。
ああ、なるほど、しゃちょうね。はいはい、しゃちょうと。
-----はい?
「は…社長!?」
絶叫した私に、愛らしい顔を心底煩そうにしかめている様は、この前に見た幼げな表情とは掛け離れていた。
次に私を見た目の奥には鋭い光があった。もうこれ鷹だよ。鷹の目だ。私はさながら鷹に狙われたねずみの如く固まり、その可憐な口が言う言葉を聴くほかなかった。
「お前、今日からここで働け」
鳥居を抜けた先は一切地図に載っていないことを私が知るのは、もう少し後の事だ。
【END】
最初のコメントを投稿しよう!