春との再会

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 車内アナウンスの声で目を覚ました。いつの間にかまどろんでいたらしい。懐かしい夢を見たような気がするが、その形をはっきりと捉える前にするりと消えてしまった。  久しぶりに「おしゃれの店ハル」を訪れたのは、およそ十年前に見た、黒の水牛革のハンドバッグを買うためだった。  三十歳を過ぎ、そろそろブラックフォーマルに合うバッグを準備しておきたいと思ったとき、あのバッグのことを思い出した。それを持つ自分を、今度はすんなり想像することできた。市の職員として十年働き、充分な蓄えもある。年齢も経済力も、ようやくあのバッグに相応しくなれたのだと、そう意気込んだ。  けれど、「おしゃれの店ハル」は無くなっていた。  もしかしたら別の場所に移転したのかもしれないと、わずかな期待を胸にスマートフォンで検索してみたけれど、何の手がかりも見つけることはできなかった。  十年。就職して仕事を覚えるのに必死で、プライベートでは恋愛に振り回されて。過ぎてみればあっという間だった。  けれど、十年はやっぱり長い。町が、駅が、人が変わるのに十分な時間だ。私だって変わった。あんなに通いつめた「おしゃれの店ハル」に一度も行かなかった。遠いとはいえ国内だ。その気になれば行けたのに。店のことも春子さんのことも、ろくに思い出しもしなかった。  せめて、あのハンドバッグを手に入れたいと思った。そうしてこの後悔を、少しでも埋め合わせたかったのかもしれない。  スマートフォンを取り出した。幸い、地元の駅に着くまでにはまだまだ時間がある。  あのハンドバッグのメーカーは残念ながら記憶していない。覚えているのは日本のメーカーだったということくらいだ。  ハンドバッグ、日本製、水牛革、冠婚葬祭。  思いついたキーワードをあれこれ組み合わせ、何度も検索ボタンを押す。  そう簡単に見つかるはずがない。世の中にどれだけの数のバッグが存在するか。しかも十年前のバッグなのだ。メーカーが今も作っているとは限らない。いや、メーカー自体が無くなっている可能性だって……。  だから期待するな。スマートフォンの画面を下にスクロールしながら、自分に言い聞かせる。  検索を始めて三十分後、一枚の写真に目が釘付けになった。ドクンと心臓が跳ねる。  黒い、ワンハンドルのハンドバッグ。わずかに横長の、上品でクラシカルな形。水牛の革で、日本製。  間違いない。私は確信した。  写真が掲載されていたのは、「プリマヴェーラ」というオンラインショップのサイトだった。  買える。春子さんからではないけれど、あのバッグが。迷いはなかった。  高揚する気持ちのままに「カートに入れる」ボタンを押した。精算手続に進もうとして、どんなショップなのか気になった。売り手の顔が見えないオンラインショップ。初めての買い物は慎重になるべきだ。  サイトのトップページに跳ぶ。「プリマヴェーラ」は、女性向けのバッグや小物を中心に扱うセレクトショップのようだった。商品の多くはイタリアやフランスからの輸入ものだが、日本製のものも一部取り扱っているらしい。商品の説明は、様々な角度から撮られた写真と丁寧な文章から成っていて、商品と買い手への誠意が感じられた。  似ている。  ふと、そう思った。  商品の傾向や文章から伝わってくる雰囲気が、「おしゃれの店ハル」に似ている気がするのだ。  もしかしたら──。  その思いつきを確認すべくもう一つ検索をかけ、購入手続を済ませてから、私はスマートフォンをバッグに戻した。  高揚感と、そして埋めきれなかった後悔に身を浸しながら目を閉じる。もたれかかった窓から、静かな振動が伝わってくる。地元駅に着くまで、私はその揺れに身を任せていた。  
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