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「よし」
怪しげなPOP広告にメールを送信したのは中江皐月だ。
遡ること5年前。
彼女は母親を亡くした。
無遅刻無欠勤だった母。
ある日無断欠勤したため、職場から電話連絡があったが不通だった。
不審に思った同僚の1人が家の前で携帯電話を鳴らしたら呼び出し音はなるものの、応答する様子は見られなかった。
同僚は不思議に思ったが、一旦は帰宅する。
翌日も無断欠勤で…3日も続けば何かあったと思わざるをえない。
母1人子1人で緊急連絡先の皐月に電話がかかってきた。
帰宅した彼女を待っていたのは寂しく、苦悶の表情を浮かべたまま事切れた母親の姿だった。
死因は心筋梗塞との警察からの報告が来た。
慌ただしく時が過ぎ、連絡する人も母親の会社の人くらいで家族葬の段取りを葬祭社の人が全部してくれる。
皐月は茫然自失でいることしかできず、突然の身近な人の死は理解するまで時間がかかった。
(冷たかった…)
胸を拳でぐっと掴んだまま硬直していた。
苦しかったのだろう、空気を求めて喘ぐように大きく開けられた口。
眉間は深い皺が刻まれていた。
(お母さん…)
気づかなくてごめんね、とポツリと口のなかで呟いた。
葬儀が終われば遺産相続などの手続きが来た。
実家は借家だし母の微々たる貯金は生前に何とかの手続きをしてないと下ろせないらしく遺産放棄することに決めた。
残ったのは母の骨と位牌のみ。
(お墓…どうしよう)
今は墓石ではなく、お寺に月いくらかで預かってもらえる納骨堂があることを知り、そこに納骨した。
そしてぎこちなく日常が戻ってくる。
ひとときも忘れることは出来ない母の死はジワジワと皐月の心を蝕んでいった。
(お母さん…どうして傍にいてくれないの?)
皐月は対人関係を築くのが元々苦手で、いろんな人と出会うたびにつきあい方を母に聞いていた。
「皐月は聞き上手だからお話聞いて上げるといいんじゃないかしら? 相手から話しかけてくれるんでしょう? 共通の話題とか探してるんじゃないの? あなたと仲良くなりたいのよ、きっと」
母親は穏やかに笑う人だった。
穏やかに諭してくれる人だった。
(まだまだ…色んな話聞いてほしかったのに…)
母に甘えたい、と。
頬を何度となく涙で濡らし、塞ぎがちになっていた皐月はある日、とある広告を目にした。
冒頭に戻る。
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