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「あれ……? 外暗いや…」
いつの間にか眠っていたようだ。
夜の帳がすっかり部屋を覆いつくしていた。
時計を確認しようと携帯電話に伸ばしかけた手が止まった。
(画面…明るい? 何で…)
恐る恐る携帯電話を手に取る。
何かを受信しているように、通知を知らせるランプが点滅していた。
画面が割れただけで、機能は壊れていなかったのかもしれない、と白い画面を覗き込んだ。
『……き。さ…き。……さ、つき』
「え?」
ザリザリと耳障りな音の合間に、かすかに女性の声が混じっている。
聞き取りづらい声は、何かを探しているかのように同じ言葉を繰り返していた。
『さつ、き。…さつき。どこにいるの? 見えないわ』
「…………おか、あさ…」
『…皐月? 皐月なの? 答えてちょうだい』
「おか…あさ…ん?」
あり得ない、と思った。
でもずっと、もう一度聞きたかった声だ。
あり得なくても、この5年間、甘えたかった人の、声であることに間違いはなかった。
雑音はなくなりいつの間にかクリアな音声になっている。
「なんで、お母さんの声がするの?」
『ああ。本当に皐月なのね』
明るい画面にノイズが走ると、懐かしい顔が映る。
「うそ…本当にお母さんだ…」
『見える。皐月の顔がお母さんにも見えるわ』
口許に手を当て、込み上げてくる気持ちを必死に押さえる皐月の瞳はすでに濡れていた。
『元気…ではないわね。少し痩せたわね…。ごめんなさいね、皐月。あなたを1人残してしまったわ』
「お母さん…会いたいよぅ」
生前と同じように、穏やかな声で心配してくれる母に皐月の涙は止まらない。
恋しい思いを吐露してしまう。
『皐月。…皐月、お母さんを見て。落ち着いて。大丈夫だから』
「うっ…うぅ…おかぁ…さぁん」
『そうね。しんどかったね、皐月。ごめんね』
謝る母に、皐月は頬とまぶたを擦りながら首を横にふる。
謝ってほしい訳じゃない、と。
「ごめ…。苦し、かったの…。気づいて、あげら…れなく…ごめ、ん。おかあ…さん」
『いいのよ。お母さんも突然で…あなたは悪くないわ』
「でも…ぉ…苦しかったでしょ…」
『苦しかったのは、あなたを1人にしてしまうことを悟ったからよ、皐月』
しゃくりあげながら話していた皐月が、一瞬止まる。
母は、続けた。
『胸の苦しさは、あなたを置いていってしまう苦しさ。喘いでいたのはあなたの名前を呼んでいたから…。声は、もう出なかったけど…』
母の表情が暗く沈むのを見た皐月は、目を見開いたままだった。
最期の最後まで、自分を案じてくれていたことに、今更ながら気づいたからだ。
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