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そんなある日のこと。
チワワ二匹が乗るベビーカーを押しながら、ユキムラ夫人が管理人室を訪れた。
「折り入ってご相談があるのだけれど」
神妙な面持ちだ。
キャスター付きの椅子しかなくて申し訳なかったが、腰を下ろして貰い話を聞いた。
「自動販売機なんだけどね」
「はい」
エレベーター横に自動販売機が置いてある。
「"温かい飲み物"を入れてくれないかしら?」
「はあ」
つい気の抜けた返事になった。
てっきりご主人についての悩みではないか、と身構えてしまっていたからだ。
「今度、業者さんが補充しに来たら頼んでみます」
そう言うとユキムラ夫人は前のめりになった。
「いいえ。今すぐにお願いして欲しいの」
戸惑ったが、特段難しい事ではない。
「では電話をかけてみますね」
受話器を取り、自動販売機のメーカーへかける。担当の方に話したところ今は真夏なので厳しいという返答だった。
それを伝えるとユキムラ夫人は盛大にため息をつき、しょんぼりとした。
ーーそんなに重要なこと?
正直、温かい飲み物ならお湯をわかして煎れればいいじゃないかと思った。それが出来ない状況にあるのか。
「あの、キッチンに不具合でも?」
ユキムラ夫人は首を横に振る。
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