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「ほら、うちの主人、足を悪くしたでしょう?」
「ええ」
「それからすっかり出不精になっちゃったんだけどね。この春から少しずつだけれど『運動してみようかな』って前向きになったのよ」
それはいいことだ。
「だけどいきなり散歩ってのもねぇ。心配だからエレベーターで下に行って集合ポストから新聞紙を取ってくるところから始めることになったの」
エントランスホール内での散歩ということか。
確かに僕が引き継ぎをしている時間帯だしホールで異変があったら気づくし、安心だ。
「でもね、私達年寄りは早起きだから新聞配達がまだ来ていないこともあるでしょう?『何も持たずに戻るのもなんだから』って……新聞がない時には自動販売機で缶コーヒーを買ってくるのよ」
「はい」
「ところが。今までは温かい缶コーヒーだったけど、ある時、冷たい缶コーヒーを買って戻ってきたの」
確か6月には全て冷たい商品に入れ替わったはずだ。
「それからよ、主人の性格が変わっちゃったのは。原因は自動販売機だと思うの」
「え?」
ユキムラさんの性格が激変した、それは僕も痛感したのでわかる。しかし、その原因が自動販売機というのはとういった了見なのか?
「あの人、純粋で影響を受けやすいから……。【冷た~い】ってボタンを押して影響を受けちゃったのよ、きっと」
「えーっと」
ーーん?
「つまり、ご主人が【冷た~い】ってボタンに影響されて冷た~い人になってしまったと??」
「そうよ。だって【温か~い】の時にはこれまで通り温かい人だったもの」
ーーいやいやいや。飛躍し過ぎでしょう。
「どうにかならないかしらねぇ。『犬なんか捨ててしまえ!』とまで言い出して……。もう、どうしていいのか……」
ユキムラ夫人は本当に困っている様子だ。
しかし、自動販売機のメーカーには断られた。
「うーん」
腕を組み、あれこれと考えた。
「あ」
棚の上の"シールメーカー"に目が止まった。文字を打ってシールにできる機械だ。
「試してみましょう」
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