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「あー、そういえばさっき駅前の喫茶店のとこにいたよね? あの喫茶店よく行くの?」
「あぁ、たまに」
うーん、冷たい。圧倒的に冷たい。でも私は彼の教育係。ここで引くわけにはいかないのだ。
「そうなんだ。あそこさ、髪の長い可愛いウェイトレスさんいるでしょ? ちょっと儚げな感じの。彼女、あの喫茶店の娘さんなんだ。三村さん、だったかな。ひょっとして渡辺君、あの娘がお目当てとか?」
ちょっといじってやろうと思いそう話を振ると渡辺君はキーボードを打つ手を止めた。心なしかその表情は青ざめて見える。嘘、本当にあの娘目当てだったわけ? 何だか少しショックだ。そしてショックを受けている自分にビックリだ。
「いえ。あ、じゃあ僕出張の準備があるので」
彼はそう言ってパソコンの画面を閉じる。
「ああ、ごめん、ごめん。午後から出張だったね。もう4月だけどまだまだ寒いし、風邪引かないように」
彼は今日から長期出張。二か月か、ひょっとしたらもう少しここを離れることになる。しばらく顔を見ないかと思うと少し寂しいかも。いやいや、何を言っているんだ私は。面倒な後輩がいなくなってせいせいするはずじゃない。もやもやする気持ちのまま自席に戻る。ふと視線を感じ顔を上げると渡辺君がこちらを見ていた。
「ん? どうした?」
首を傾げる私を渡辺君は珍しく視線を外すことなく正面から見つめる。そして突然くすりと笑った。
「お土産、買ってきますね」
渡辺君の笑顔は意外にも爽やかで、ドキリとした私は何も言えずただ頷いた。出張から戻ってきたらご飯にでも誘ってみよう、こっそりそう考えながら。
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