2.3月30日 三村奈津美の憂鬱

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「いいんですか、本当にこのまま黙って帰っちゃって。そんな冷たいことしたらお婆さんに恨まれるんじゃないかな」  恨み、という言葉にギクリとする。だがすぐに馬鹿馬鹿しい、と首を横に振った。 「恨むも何ももう死んでるんじゃない。死んだ人間に何ができるっていうのよ。だいたいさぁ、こんな深夜にぼんやり歩いてるからいけないんじゃん? 私ぶつかつたわけじゃないもん。恨まれる筋合いなんてないわよ」 「でもあなた、スマートフォンいじりながら自転車に乗ってましたよね? それで前から来るお婆さんに気付かなかった。しかもお酒まで飲んでる」 「うるさいなぁ、そんなの関係ないじゃん! 私はちらっとスマホの画面見ただけ。ちゃんと前も見てた。私は悪くない!」  男性はため息をつく。 「わかりました。でもあのお婆さんをこのままにしておくわけにはいけません。私は今から救急車を呼びます。堤防沿いを歩いていて人が倒れているのを見つけた、と。僕、明日から出張でその準備があるんで早く帰りたいんです。スマホ返してください」  それはつまり黙っていてくれるということだろうか。余計な事言わないでよねと言いながらスマホを返すと男性は頷いて受け取った。私は自転車に乗りその場を後にする。 (そうよ、私は悪くない。早く帰ってシャワーを浴びて寝てしまおう。あーあ、ホント今日はついてない)  と、その時軽く髪を引っ張られたような気がして思わず振り向いた。 (何……?)  無論誰もいない。闇夜に白く霞む桜並木の中、男の操作するスマホの画面がぼんやりと光って見えた。
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