1.4月1日 羽島香織の挑戦

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1.4月1日 羽島香織の挑戦

 私の職場には少々変わった男がいる。渡辺拓也(わたなべたくや)26歳。同い年なのだが半年程前わが社に転職してきたばかりなので私が彼の教育係をしている。色白で黒縁眼鏡をかけた地味な男。何が変わっているかというと、彼は誰と話す時でも絶対に相手の目を見ようとしない。そう、それはもう見事に目を逸らしまくるのだ。仕事はきちんとこなすし言葉遣いもちゃんとしているのでそこはいいのだが如何せんどうにもコミュニケーションが取りにくい。まぁ、確かにうちはシステム系の会社でこういうタイプは珍しくはないのだがここまでひどい社員はいない。これは教育係としての私に対する挑戦なのか?! よし、上等じゃない。この私が教育してやろうじゃないの。そう思った私はなるべく彼に話かけるようにしている。お、来た来た。私は早速立ち上がり彼に手を振った。 「おはよう、渡辺君! 今朝は桜満開だったね。見た? あれ遠くから見ると真っ白でさ、何だかふわふわの綿菓子みたいで美味しそうだよね」  駅から会社への道には桜の木が植えられており春になると皆桜の花を見上げながら出社する。 「綿菓子……。羽島(はしま)先輩、ああいうの花霞(はながすみ)っていうんですよ」  いつもなら雑談に対してはええとかああとか適当な相槌しか打たない渡辺君が珍しく一瞬だけ顔を上げてそんなことを言う。何という奇跡。これは会話を続けるチャンスだ。 「へえ、花霞って言うんだ。そんなことよく知ってるね」 「はぁ」  適当な相槌モードに戻ってしまった。残念。
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