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嘘のない世界
顔だと思われる場所に埋め込まれた、パネルに浮かぶ作られた笑顔に視線を飛ばして
「なんだか、ロボットの方が人間みたいだね」
と、無表情の彼は言った。
生まれた時に受ける手術でできた、彼のギザギザの形にそっと触れると、ぎこちないそれが最大級である笑顔が返ってくる。
それを見て、何も感じないはずの、制御できるようになった心臓がきしりと痛んだ。
◇
「レンちゃん、今日の調子はどう?」
「良いけど、なんで?」
「あー……嘘はいけないんだ」
強烈な日差しを浴びて、マスクの内側はサウナのようだ。
目が覚めた時、ひどい頭痛に襲われた。
でも、今日は大事なテストだから休めないと、どうにか親を誤魔化して家を出たというのに、どうしてシンちゃんにはバレてしまうのだろう。
イヤリングのように耳にぶら下がる、私の鼓動を示すパネルは一定のはずなのに。
「だって、いつもよりちょっと跳ねてる」
耳元に視線を飛ばして、シンちゃんは少しからかうような笑みを浮かべた。
「いつもと同じだって。シンちゃんこそ、もっと平常心になれないの?」
ちょっと跳ねてるくらいで指摘するシンちゃんの耳にぶら下がる波形は、波打つように揺れている。
心臓が跳ねている証拠だ。
「レンちゃんと一緒にいるから、無理」
と、さっきまでのヘラヘラした調子とは全然違う、真面目な顔でマスク越しに顔が近づく。
じっと私を見つめる澄んだ青が混ざった瞳は、どこか遠くに連れていかれそうだ。
私は思わず耳元のそれを隠す。
「それはずるいんじゃない? ほーりつ違反」
マスクで覆われたシンちゃんの頬が膨らみ、すぐに反抗の声を上げた。
「べ、別に今は監視の人いないし」
「だーめ、レンちゃんが遠くに行ったら嫌だし、ね?」
ぐっと腕を掴まれて、私の波形は露わになった。
どうか波が揺れていませんように、と願うしかない。
私のパネルが揺れて太陽に反射したのか、シンちゃんは目を細めた。
「さ、行こう。せっかく無理して来たのに遅れる」
「……誰のせいで」
ぼそりと吐いた言葉は夏の暑さに溶けて、シンちゃんに届く前に消えた。
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