嘘のない世界

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「どうした? 課題を忘れて来たのか?」 「いえ、やったのはやったんですけど、鞄に入れ忘れてて……」 「嘘はよくないな? 嘘は」 見飽きたほどの光景が教室に繰り広げられる。 課題を忘れたクラスメイトの、耳にぶら下がるパネルに浮かぶ波は赤い。 あれは嘘の合図だ。 マスクで隠れてしまった表情を、読み取るためのコミュニケーションツールと言えば、聞こえは良かった。 生まれた時に一番力強く鳴った心の音を、手術でそっと閉じ込める。 耳に掛けたこのツールはそれをしっかりとキャッチして、鼓動を周囲に向かって露わにしてくれた。 嘘をつけば赤く、動揺すれば波打って、イライラすればギザギザに。 例を挙げればキリがないけれど、私たちは確実にその形で相手の気持ちを読み取っている。 成長段階である子どもなんかは露わになったって、そもそも感情がむき出しだから関係ないかもしれない。 だけど、もうすぐ大人になる、子どもと大人の境目にいる私たちには、それがひどく窮屈だった。 だって、好きな人の前で惜しげもなく跳ねるそれは、とても悲しいから。 私はまだ、それを制御する術を知らない。 もちろん、怒っているはずの先生のパネルに映る波形が一定になるまでに、何があったかなんてことも。 クラスメイトは、もちろんこのパネルのせいで先生にずいぶんと絞られた。
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