大人になった私たち

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大人になった私たち

懐かしい夢を見たなと、生活感のない部屋で目を覚ます。 洗面台に向かい、眠りにつく前と一寸の違いもない耳元の波形を確認する。 今日も体調は良さそうだ。 若い頃は、揺れるこれがひどく鬱陶しいものだった。 大人になった今となっては、便利なものだと感心する。 仕事で面倒ごとは回避できるし、久しぶりに会う友達との付き合いも、言葉の選び方も楽になった。 恋愛だってもちろん同じ。 相手が自分に気があることもないことも見え透いているのだ。 三回も会えば、脈のあるなしがわかるのだから次にも行きやすい。 線の揺れ幅が一定だとしても、会い続けるのは利害の一致した関係だから。 そういった大人の関係もわかりやすくて良いものだった。 たった一本の線に左右されている自覚はある。 それでも、この線があるだけで日常生活は随分と過ごしやすい。 こんなにも人で溢れたこの場所で、これなしで生きていくのは最早難しいと言えるくらいには。 淡々と相手の感情に合わせて生きていくだけだなんて、なんと楽なことだろう。 目元を華やかに見せる細工を終え、マスクで隠れる部分は簡単な化粧で済ませる。 最近は耳のこれをデコレーションするのが流行っているらしい。 そんなの、昔では考えられなかった。 出社して、見渡せる限りの等間隔に座る人たちは、みんな一定の波の形。 大人になって、経験を積めば積むほど感情を隠すのがとても上手になっていく。 今日見た夢を思い出し、私は昔から上手だったのだと自嘲気味に笑う。 それでも揺れていないだろう線に、誰も私の変化に気が付かない。
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