大人になった私たち

2/3
前へ
/9ページ
次へ
一人席で浸っていると、回されてきた上司からの書類。 挟まれたメモには、丁寧な字で時間と場所が書かれている。 内緒で付き合っている私の恋人は、無表情で通り過ぎた。 そんなのスマホにメッセージでも送ってくれていればいいのに、わざわざメモを挟むなんてマメだと思う一方で、こういう雰囲気が好きなだけなんだろうと納得する。 場所から察するに今日はイタリアンだ。 もう、付き合って一年になる。彼もそれなりに良い歳だ。 変わらない波の形の彼と何があるとは言わないけれど、毎回私なりに楽しみにはしているつもりだった。 ◇ 「なんか今日機嫌いいの?」 運ばれてきたバジルとオリーブの香りを楽しんでいると、無表情の彼は尋ねてきた。 「そう? いつも通りだけど」 と、コツコツと耳元のそれを叩く。聞かなくても見ればわかる感情だろうに。 「今日、部屋くる?」 機嫌の良し悪しは関係なかったのか、すぐに次の話題に移る。 「うん、明日休みだし。私のシャンプーまだあったよね」 「あるよ」 「そう、良かった」 部屋への誘いだというのに、彼の耳元に見えるのは、なんのブレもない一本の線。 一年も付き合えばこんなものかもしれない、と普通なら言えるだろうけれど、付き合った時からこの形は変わらない。 そして多分私も。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加