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14 繋いだ手のその先に
パールの間で行われている披露宴の余興と歓談の時間が終わり、このあと新郎新婦の挨拶と両親への花束贈呈が始まる。司会者の女性の言葉に会場全体が静けさに包まれて行くなか、暁人は新郎の両親側の後方にスタンバイした。
司会の女性のアナウンスに合わせるように両親たちの椅子を引き、披露宴会場の後方へと誘導すると、高砂席に座る新郎新婦にスポットライトが当たり、彼らが両親への感謝の手紙を読み上げ、花束を手渡すと会場全体が二人を祝福する温かな拍手に包まれた。
披露宴が終わると、招待客が会場を出て行くのを見送ってから会場の片付けに入る。暁人は会場裏の倉庫から椅子専用の台車を運んできて、早速片付けに取り掛かった。
会場の上座では本日の披露宴の司会を務めた女性と、披露宴の責任者であった葉山がなにやら親し気に話をしている。
暁人が椅子を片付けていると、料理の残飯を回収するバケツの乗った台車を動かしながら竹内がやってきた。
「ねぇ、柴くん知ってた? 司会の風間さん、葉山さんの大学の同級生なんだってさ」
「そうなんですか」
「ほら、見てよ。仲よさそうだろ? 俺が思うに、あの二人なんか怪しい」
どうして竹内がそう思ったのかは分からないが、暁人も二人の様子は気になっていた。
女性のほうが笑いながら葉山の腕に触れ、葉山もそれを嫌がることもなく受け入れ、白い歯が見えるほど楽しそうに笑っている。竹内の言うように、久しぶりにあった友人同士ならば話が弾むのは理解できるが、ただの同級生にしてはやけに親密そうに見えることが、彼女が会場に姿を現したときから少し気になっていた。
同級生──もしかして、昔付き合っていたとか?
普通にありえるな、と考えてから、気にしてもどうしようもないと思い直した。
「どうして怪しいって思うんですか?」
「やー、なにか決定的な証拠とかあるわけじゃないんだけどさ。最近、葉山さん付き合い悪いんだよねー。俺が飯誘っても、早々に帰ろうとするんだよ。まえは最後まで付き合ってくれたじゃん? もしかして彼女でもできたのかなって思っててさ。ほら、こうやって見てても雰囲気お似合いじゃん? すでに付き合ってたりして?」
そう言った竹内の言葉に、暁人はどう答えていいか分からなかったが、とりあえず不自然でないように「はぁ」と相槌を打った。
葉山とあの司会の風間という女性の関係は、暁人自身も気になっているところだが、葉山の付き合いが悪くなったというのは、たぶん暁人との関係が影響している。
暁人が想いを打ちあけ、その後お互いの気持ちを確かめて以降、葉山は頻繁に暁人の部屋を訪れるようになった。それが、竹内の言うところの葉山の付き合いが悪くなった原因である。実際に、竹内と飲みに行った帰りに葉山が暁人の部屋を訪れたことがあった。
「柴くんは、興味ないの? 葉山さんの恋愛事情とか」
そう訊かれてどう答えるのが同僚として正解なのだろうと考えた。
「いや。ないこともないですけど……」
「もしそうだったら、イイと思うんだよね! 葉山さん、モテないわけじゃないのに最近女っ気なかったからさぁ」
「……そうなんですか?」
「俺が知ってる限り、最後に誰かと付き合ってたのもう三年くらい前だよ。葉山さんももう三十二だしさ、そろそろ……って後輩ながらに心配してんだよね、俺」
葉山のそういった話を聞いたのは初めてだった。それと同時に、竹内の何気ない言葉の意味も当然理解できた。
「まぁ、世間的にもそういう歳頃ですもんね……」
そう口に出しながら、ほんの少し気分が沈んでいくのを感じた。
自分の想いを伝えて、葉山がそれに答えをくれて、身体を繋げて──暁人がこれまで無理だと思って諦めていたことが次々と葉山によって叶えられて、今現在その葉山と付き合っている状態にあることが、時に暁人の心に不安の影を落とす。
気持ちに応えてくれた葉山が、果たしていま本当に幸せなのだろうか。自分の為に無理をしているのではないか、そんな不安はいつまでも拭えない。
葉山は元々異性愛者だ。自分と出会ってこんな関係にならなければ、俗にいう普通の人生を歩めたかもしれない──いや、歩めていたはずだ。
世の中の大半の人間がしているように、異性と結婚して、いずれ子供をもうけて家族になっていく。そんな普通の人間が歩む当たり前の人生を自分が奪ってしまっているのではないかという不安はたぶん一生付きまとうだろう。
「柴くん、どうしたの? 手止まってるよ」
「あ、すみません……!」
竹内に指摘されて、自分が考え事をして仕事の手が止まっていたことに気付き、慌てて片づけを再開した。
「片付けたら、スタンバイは明日でいいよ。ここ、明日は夕方の宴会しか入ってないし」
「明日の夕方の案件、確か会議使用でしたよね? テーブルの台車だけ出しときますね」
そう言って次のテーブルに移って行った竹内に声を掛け、ふと会場の上座を見ると、そこにはもう葉山の姿も女性の姿もなかった。
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