『お手』から始まる恋もある

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『お手』から始まる恋もある

その箱は、ちょうど誕生日に届いた。 わくわくしながら大きな段ボールを開くと、中には膝を抱えて小さく座っていた起動前の彼。 茶色い巻いた髪も手伝って、捨てられた子犬みたいに見えた。 どんな人なんだろう。顔も、伏せているから分からない。緊張と期待で心臓が煩くなるのを感じながら、癖毛の隙間から覗いていた首元の識別コードにそっと触れた。 バーコードに似たマークが七色に光る。彼の人生で1度切りの起動を、生命の誕生を目の前にしたような感慨深い気持ちで見守った。 間もなく、首根を摘ままれたようにゆっくり立ち上がる。背が高いからよく似合う、長めのコートの裾にできた濃い皺が同じ体勢を長く続けていた事を物語っていた。 手足が細長くて小さな顔にその髪質。 まるで、トイプードル。 「おはよう!」 「夜なのに?」 子犬が口を開いたはずなのにちっとも可愛くない、そして冷めた返事だった。 癖毛の巻き具合と似た、くりっとした愛らしい目が長めの前髪から覗く。やや上向いた丸めの鼻、薄い口。声も少し高い。見た目の人間年齢は…20歳前後だろうか。年下に見える。 「手、出して。登録する」 深さのある段ボールをいとも簡単に跨いで近づいてくると、突き出された小さめの掌。 『お手』された…のではなく、持ち主の情報を読み取る為だ。導かれるように手を合わせると、再び七色に揺らめく識別コード。情報を処理しているのか半分伏せられた瞼を縁取る、これまたくるんと巻き上がる長い睫毛が羨ましくて、見とれてしまう。 「花」 数秒後、しっかり開いた瞳と絡む視線。手を合わせて温もりを感じながら確かめるように名前を呼ばれた、たったそれだけ。 人工なのに犬みたいで人間っぽくもある、彼の不思議な魅力に恋に落ちていた。
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