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「あっこちゃん」
事務所に片足だけ突っ込んであっこちゃんを呼んだ。
彼女は私の担当職員で保護者的な存在だ。と、言うのも私は児童養護施設『太陽の家』で暮らしている。
今から五年前、一二才の時両親が突然事故で亡くなった。
親戚付き合いをしていなかったからここへやって来たのだ。
太陽の家は小学生は班生活で、中学生は二人一部屋。
高校生になったら、ようやく自分の部屋が与えられる。私は今高校二年生なので自室を持っている。
呼びかけても反応が無かったので事務室に入った。
事務室では私と同い年のさくちゃんや、ミズキ、こたろうがそれぞれの職員さんと話していた。
高二の夏は進路を決める時期だ。進学か就職か。多くの先輩たちは就職して行った。
「あっこちゃぁん」
「あ、歩実ちゃん、進路決まった?」
あっこちゃんはペンを止めて言った。
スチール製の机にカランと黒ボールペンが転がった。
先月の面談では漠然と就職って思ってたけど、今は違う。
「私進学したい」
「えっ」
あっこちゃんはこれ以上ないくらい小さな目を見開いた。
「どうして?」
「みんな進学するって言ってたの」
「みんなって?」
「クラスメイトのさやちゃんと、なこちゃんと、まい。でも太陽の家の子以外ほとんどみんな進学するよ」
思わずそう言ってしまった。
私が言いたいことはそうでないのに。
「いい? 今から厳しいこと言うよ」
あっこちゃんの目がすっと細くなった。ドキリと鼓動が跳ねる。
この目は見た事があった。去年、外出許可無しに夜遅くまで遊びに行った時こんな目をして叱ってきた。叱られるのは私が悪いのだけど。
あっこちゃんは私以外も怒る時は目が細くなる。
「今将来のためにバイトしてるでしょ」
児童養護施設は十八で卒業だ。だから、高校生になったらバイトをして将来の生活資金を貯めなければいけない。
ここにいる多くの子は頼れる大人が職員さん以外いない。
私みたいに親が亡くなっていたり、親からの暴力などで一人で生きていけない人ばかりだ。
卒園後は、経済的に苦しくても頼る大人がいないのだ。
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