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一体、遠石という男は何者なんだ。
花与はリハーサル中も、彼の行動を思い出しては胸をかき乱していた。
彼もまた、演技がうまい。
あまりにも自然体で、想いが溢れ出していると錯覚してしまうほど。
月岡が言っていた、遠石の経歴を思い出す。
養成所でアイドルを目指していたって本当だろうか。
そして、志半ばで辞めたことも。
ダンスも歌も才能があると言っていた。
演技力があのレベルなら、一体どんな歌を歌うんだろう。
全身がゾクゾクと震え出すのがわかった。
……聴いてみたい。彼の歌を。
「おい。歯ぁちゃんと磨いたんだろうなぁ」
月岡の声に我に返る。
彼は心底嫌そうに、眉をひそめながら花与を見下ろしていた。
「歯?」
「今日キスシーンだよ。わかってんのか?」
「マジで。昨日ニンニクラーメン食ったわ」
「この野郎!」
いよいよこの日が来た。
祐介の献身的な愛情によって、愛子はついに着飾っていた鎧を脱ぎ捨て、一人の女性として恋を知る。
このドラマで最も重要なシーンだ。
花与は緊張と不安を隠しながら、ひたすら冗談を言って笑った。
……できるだろうか。
愛子として。あるいは、花与として。
初めて恋をする女の子を、表現できるだろうか。
監督のかけ声と共に、花与は固唾を飲み込んだ。
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