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家族の留守中、愛子と祐介がリビングで二人きりになるシーンだ。
愛子は父親の側近であった男からプロポーズを受け、祐介の家を出るか迷っている。
祐介ら家族と心を通わせるようになった今、この家での暮らしの温かみと、祐介の優しさが彼女を変え、愛を知ったからだ。
しかし彼女はそれを認めない。
信じた後に傷つくのを恐れ、悪態をつくことで隠していた脆い心をさらけ出せないでいる。
「……出ていくって本当なの?」
祐介の問いに、愛子は言葉を失った。
青ざめる愛子。
しかし実際は、花与がこれからのシーンを不安視しての表情だった。
「行かないでよ」
やっぱりダメだ。
月岡の、祐介の心をキャッチできない。
心が震えない。
「俺の気持ちは本当だから」
共鳴できない。
「……愛してるんだ」
____『今の感覚を思い出せ』
窮地に立たされた花与の頭をよぎった遠石の言葉。
ハッとして顔を上げた先に、その男は立っていた。
セットから外れた、月岡の背後からだいぶ離れた場所にも関わらず、はっきりとその姿を目に焼きつけることができる。
いつものように腕を組み、鋭い眼光で花与を見つめている遠石。
いついかなる時も、花与を見つめ続けている男。
「私は……」
瞬く間に心臓が跳ね上がり、全身の血が巡っていくのがわかった。
上昇する体温。止まらない震え。
____まさか私は。
気づけば花与の瞳から、一筋の涙が零れ落ちていた。
その涙を見た瞬間、月岡もまた、激しい衝動に支配され、彼自身も戸惑った。
沸き起こる得体の知れない感情が身を包み、自分では抑えられない。
この胸を千切られるような痛みと高鳴りは、祐介の気持ちなのか。
それとも。
月岡は花与を抱き締める。
「……好きだ」
まるで何者かに操られたかのように、勝手に口が動いた。
そう思った直後に、月岡は悟る。
いや、何者かではない。
俺だ。
月岡は、引き寄せられるようにして花与の唇を奪った。
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