恋せよアイドル

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「月岡さん、今までありがとうございました」  花与は西園寺らにしたのと同じように、深く頭を下げた。  月岡は何故か神妙な顔をして、しばらく黙り込む。 「月岡さんには、本当にたくさんのことを学びました。ファンに対する思いや姿勢も、表現者としての覚悟も。私も精一杯、アイドルやっていきます」  真っ直ぐに見つめる花与の瞳。  心臓の高鳴りに気づかない振りをして、月岡は言った。 「……俺も、今回はお前に色々学んだ」 「私に!?」  月岡は頷いた。 「ああ。……お前のおかげで一皮剝けた。ファンの人達と本当の意味で繋がれた気がしたし、……何より、俺自身のまま演じることができた」 「月岡さん自身のまま?」 「こんなに演技が楽しいと思ったことは初めてだ」  月岡は今まで見せたことのない、力の抜けたような柔らかい笑みで笑った。 「……もし俺が、アイドルを辞めた時」  キョトンとする花与の耳元で、月岡は囁く。 「その時は、お前と恋愛してやってもいいぞ」  瞬間、稲妻に撃たれたかのような衝撃が走った。  それは月岡の言動に心を奪われたからではない。  ……驚くほど、何も感じなかったせいだ。 「ってことで、友達にならなってやってもいい。連絡先教えて」  言われるがまま鞄からスマートフォンを取り出した花与の手を、何者かが掴んだ。  その手の感触に、再び衝撃が走る。  今度はじんじんと焼けるように熱い。 「うちの大事なアーティストに、手を出さないでもらおうか」 「……遠石さん」  二人の間を割って入るように登場した遠石に、月岡の目の色が変わった。 「うわー! ナマ遠石研真だ! ずっとお会いしたかったです!」 「離せ」  遠石に飛びつく月岡を、花与は白い目で見つめた。  さっきまでの件は一体何だったのかと思うほど、彼の眼中に花与は存在しない。 「俺のこと覚えてますか!? 俺、あなたに憧れて今まで頑張ってきたんです!」 「なんなんだコイツは」  泣きながら抱きつく月岡に、遠石は青ざめた。  遠石の珍しい反応に、花与は苦笑する。 「遠石さーん!」 「……離せ」  二人のやりとりを黙って眺めながら、花与は心に突如として生えてきた小さな芽を摘み取ろうと、必死にもがいていたのだった。
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