126人が本棚に入れています
本棚に追加
「月岡さん、今までありがとうございました」
花与は西園寺らにしたのと同じように、深く頭を下げた。
月岡は何故か神妙な顔をして、しばらく黙り込む。
「月岡さんには、本当にたくさんのことを学びました。ファンに対する思いや姿勢も、表現者としての覚悟も。私も精一杯、アイドルやっていきます」
真っ直ぐに見つめる花与の瞳。
心臓の高鳴りに気づかない振りをして、月岡は言った。
「……俺も、今回はお前に色々学んだ」
「私に!?」
月岡は頷いた。
「ああ。……お前のおかげで一皮剝けた。ファンの人達と本当の意味で繋がれた気がしたし、……何より、俺自身のまま演じることができた」
「月岡さん自身のまま?」
「こんなに演技が楽しいと思ったことは初めてだ」
月岡は今まで見せたことのない、力の抜けたような柔らかい笑みで笑った。
「……もし俺が、アイドルを辞めた時」
キョトンとする花与の耳元で、月岡は囁く。
「その時は、お前と恋愛してやってもいいぞ」
瞬間、稲妻に撃たれたかのような衝撃が走った。
それは月岡の言動に心を奪われたからではない。
……驚くほど、何も感じなかったせいだ。
「ってことで、友達にならなってやってもいい。連絡先教えて」
言われるがまま鞄からスマートフォンを取り出した花与の手を、何者かが掴んだ。
その手の感触に、再び衝撃が走る。
今度はじんじんと焼けるように熱い。
「うちの大事なアーティストに、手を出さないでもらおうか」
「……遠石さん」
二人の間を割って入るように登場した遠石に、月岡の目の色が変わった。
「うわー! ナマ遠石研真だ! ずっとお会いしたかったです!」
「離せ」
遠石に飛びつく月岡を、花与は白い目で見つめた。
さっきまでの件は一体何だったのかと思うほど、彼の眼中に花与は存在しない。
「俺のこと覚えてますか!? 俺、あなたに憧れて今まで頑張ってきたんです!」
「なんなんだコイツは」
泣きながら抱きつく月岡に、遠石は青ざめた。
遠石の珍しい反応に、花与は苦笑する。
「遠石さーん!」
「……離せ」
二人のやりとりを黙って眺めながら、花与は心に突如として生えてきた小さな芽を摘み取ろうと、必死にもがいていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!