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スタンバイのかけ声と共に、シオンは歩き出した。
幼なじみである祐介への想いを確信し、愛子を交えての三角関係が動き出していく大事なシーンだ。
「わたし、祐介が好き!」
目の前の月岡をじっと見つめるシオンの目は、憧憬と希望に溢れていた。
清々しいほど晴れやかな笑顔だ。
「こんな気持ち初めてなの!」
心から出たその言葉は、視線が重なった月岡へ向けたものではなかった。
本当は、横にいる花与に叫んでいた。
私も誰かの心を動かせるだろうか。
今、私が震えるくらい感じているように。
迷いのないシオンの演技に、月岡は内心驚いていた。
この子も本気を出したな。
たった数分の間に、何が変わったっていうんだ。
彼女に引っ張られるように、月岡も自身の気持ちを高ぶらせていく。
祐介に乗っ取られろ。
自分を失くせ。
暗示をかけるように心の中で呟くと、唐突に胸が痛み出していくのを感じた。
切なさを帯びた揺れる瞳に、その場にいた誰もが一瞬釘づけになった。
「……ありがとう。……でも俺、……愛子さんが好きなんだ」
苦しそうに声を振り絞り、顔を赤らめながら月岡は花与の目を見据えた。
その視線は扇情的なまでに熱っぽく、言葉にしなくても祐介の気持ちを全て表しているほどだった。
「私は……」
花与は言葉を失った。
実際に、突然の告白に困惑するシーンだったので、違和感はない。
しかし花与の内心は、狼狽えて冷や汗を滲ませていたのだった。
この人、演技が巧すぎる。
……全く心が入っていない。
入っていないのに、入っている振りをするのが異常に巧いんだ。
それを理解した時、震えるほどの戦慄が彼女の身を襲った。
心が通じない。
何も伝わってこない。
それなのに、“伝わっている感じ”だけはある。
素人の自分が、こんな難解な相手にどうやって気持ちをぶつければいいのか。
愛子とは別の感情を孕ませながら、花与は月岡の視線を逸らせずに固まるしかなかった。
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