126人が本棚に入れています
本棚に追加
「デビューしてすぐの時、テレビで共演したアイドルと噂になったことがあって。たった一枚写真撮っただけなのに、その子がまるで付き合ってるかのように匂わせてSNSにアップしちゃったから」
普通に会話している月岡を見るのは初めてで、その素朴ぶりに驚いた。
天然ぶって愛嬌を振り撒くわけでも、敵意剥き出しで攻撃してくるわけでもない。
全くの別人になりきって話しているわけでもない。
一人の人間として向き合ってくれた月岡に、花与は安堵した。
「一部からバッシングは受けたけど、その子はそれを機会に知名度が上がって、今ではバラエティーに欠かせないくらいの人気アイドルだ。……でも、俺は」
月岡の表情から、苦悩の念が滲んだ。
「デビュー前からずっと応援してくれてたファンを失望させた。今でも忘れられない。彼女達の悲しんだ顔と言葉が」
心底、悔しそうに顔を歪ませる月岡を見て、再び確信した。
この人はやっぱりプロだ。
魅せることしか考えていない。
見てくれる人、ファンのことしか。
「その時誓ったんだ。もう二度とファンの人達を悲しませるようなことはしないって」
「だから私達アイドルに警戒を?」
月岡は頷いた。
「失礼な態度をとって悪かったと思ってる。……だけどここまでしないと、また寄ってくる子もいるから。俺、アイドルを始めた以上、辞めるまでは誰とも付き合わない、そう思わせる行動をとらないって決めたんだ。恋愛してる暇があったら、少しでも表現者として自分を磨いて、それをファンに還元したい」
月岡が話し終えると、花与はその場にガクッと項垂れた。
突然跪く花与に、月岡は唖然とする。
……負けた。
彼は生粋のエンターテイナーだ。
ここまで実直に、自分のすべきことを遂行しているアイドルを初めて見た。
ここまでファンの人達のことを大切にしているアイドルも。
「私の負けです。……弟子にして下さい」
「は!?」
「……私、まだまだアイドルとして未熟だった。アンチの目ばっかり気にして、応援してくれてたファンの人達のこと、大切にできていなかった」
blossom時代から応援してくれていた角田や助川は、あのスキャンダルや脱退の時、どんな気持ちだったんだろう。
きっと失望したに違いない。
それなのに、ソロとしての活動も応援してくれている。
その重さを、もう一度思い知らなければならない。
「……ありがとう。目が覚めた」
「いや、急に礼言われても。っつーか顔上げろ! こんなとこ誰かに見られたら、俺の好感度下がるだろーが!」
この愚直さを目の当たりにして、彼の演技に心がないと感じた理由がやっとわかった。
彼は本当に、祐介として愛子を愛している。
祐介が憑依しているのだ。
恐ろしいくらい、彼は芝居に関して天才だ。
だからこそ、自分が愛子になりきるしか、彼の心を感じとれる術がない。
もしくは、花与として、“月岡”に愛されるか。
どちらにしても無理難題だ。
遠石の意図していることがやっと解り、寒気を感じる花与だった。
最初のコメントを投稿しよう!