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遠石が出した指令を、花与はまだ遂行できずにいた。
もちろん、“月岡に惚れ、月岡を惚れさせる”という難題だ。
惚れさせるのは論外として、惚れることすら無謀に思える。
確かに、彼のアイドルとしての心構えには大いに感銘を受けた。
尊敬の念すら抱いた。
しかし花与は、そんな月岡に対してときめいたり、胸を熱くさせたことは一度もない。
元より恋愛に関して疎い花与は、そのことで表現力の乏しさを指摘されることは度々あった。
愛情がテーマの歌は、家族愛や友情などの人間愛を思い浮かべてどうにか乗りきってきたけれど、恋が絡むとからっきし話にならない。
そして、そんな自分にコンプレックスを持っていることも否めなかった。
「…………おい。ゲロってんじゃねーよ」
明くる日早朝、腕を組んで睨みつけてくる月岡に対して、やはりなんの感情も抱けない自分に、花与はため息をつく。
「しょうがないでしょ。西園寺さん達、朝まで帰してくれないんだから」
西園寺を始め、小泉も猫美も、シオンですら。揃いも揃って酒が強すぎる。
流石に花与は途中から飲むのをやめたが、それでも寝不足と二日酔いで体調は最悪だ。
「これから巨大ラーメン食うんだぞ?」
「マジで!? いや、大丈夫! 根性で食う!」
花与は栄養ドリンク剤を飲み干すと、両手で顔をパンパンと何度も叩いた。
「お前、ホントにアイドルかよ……」
そんな花与を引いた目で見つめる月岡。
恋愛沙汰が生まれる要素は微塵もない。
花与はいよいよ危機感を感じ始める。
「なあ、遠石さんは?」
「え? 来てないけど」
月岡は分かりやすくガッカリと肩を落とした。
「なんだ。……楽しみにしてたのに」
「共演者よりそのマネージャーに食いつくって何!?」
遠石に対して異常な執着心を見せる月岡を見て、何故遠石がいつも以上に現場に顔を出さないかを理解した花与だった。
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