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「月岡くーん!」
「メグターン!」
ロケが始まるやいなや、道行く人や店舗のスタッフ達に声をかけられ続ける月岡。
それに比べて花与は総じてスルー。えげつないほどの落差だ。
一人一人の目を見て丁寧に挨拶している月岡を眺め、カメラの前にも関わらず、花与はケッと悪態をついた。
そこで思い出した、遠石からのもう一つの指令。
『ロケで爪痕を残してこい』
100%誰からも期待されていないことにかえって安堵して、密かな企みが芽生えてくる。
「ありがとうございますー! 嬉しいでーす!」
……月岡の化けの皮を剥がしてやろう。
花与は不敵な笑みを浮かべた。
「メグターン! 今日は一緒に楽しみましょうねー!」
突然腕を絡ませてくる花与に、月岡の目は面白いほど点になる。
どういうつもりだ。
月岡は花与に困惑と苛立ちを感じつつも、カメラが回っている手前、無碍にも扱えない。
「あっ見てメグターン! 桜! 蕾開いてる!」
「あ、……ああ、ホントだー」
“てめえふざけんなよ。離せ”
爽やかな笑顔でそう訴えかける月岡は無視して、花与は天真爛漫を貫く。
イメージはそうだな、……シオンだ。
花与は心の中で自分に纏わりつくシオンのことを思い浮かべながら、彼女の一挙手一投足を忠実に再現した。
演技の勉強を始めてから、その楽しさを充分に思い知った。
自分ではない他の誰かに向き合い、じっくりと隈無く見つめ続け、相手になりきる。
その行為は、シンプルに楽しい。
真似するうちに感じとれてくる、その人の隠された魅力や思い。
それを表現する喜びは、歌と通じるものがある。
「メグターン! 早く早く!」
「ちょっと! ……待てって」
終始花与にリードされ狼狽えている月岡の様子に、女性スタッフ達や観衆達の目が険しくなっていることはわかっていた。
皆、花与を疎ましく感じ、嫌悪している。
それでも花与は怯まない。
好感度なんて知るか。
だって私、悪女だし。
「おっ! ここが噂のモリモリラーメンですねー! 与空にも食べさせたかったなー!」
本音をこぼしつつ、今日のロケのメインであるラーメン店の暖簾をくぐった。
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