姫と執事の内緒

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「姫様、今日は早かったですね。 やはりお身体の具合が・・・?」 「いえ、そのようなことはありません。 お気になさらず」 22時が過ぎ、お風呂を済ませたニーナは鏡の前に座った。 今は広い大浴場に一人切りというのが心細くて仕方なく、メイドの待つ脱衣場まで急いで出てしまった。  メイドはいつも二人待機してくれていて、一人が髪を乾かし一人が爪のケアをしてくれる。 「では髪を乾かしていきますね」 「えぇ」 「お風呂に入られるのも遅かったですよね。 あまり遅くになりますとお身体が冷えてしまいます」 「・・・色々とありまして、ね」 ドライヤーでメイドは髪を乾かし始める。 もう一人は黙ったまま爪を整えていた。 ―――・・・あれ以来、エドガーに会っていないわ。 ―――夕食の時も珍しく顔を出さなかった。 流石に城内にもういないということはないだろう。 それではあまりにも急過ぎる。 もっとも怪盗らしいと言えなくもないが。 「ねぇ」 「はい?」 「エドガーには会いましたか?」 「エドガー様ですか? そう言えば、お昼頃から見かけませんね」 「今何をしているのか分かりますか?」 「エドガー様は執事をお辞めになると聞きました。 荷造りでもしているのではないですか?」 「・・・言われてみればそうね」 再びメイドはドライヤーをかけ始める。 もう一人もどうやらエドガーの姿を見ていないようだ。 ―――・・・私はエドガーにフラれてしまったのかもしれない。 ―――執事と姫の恋は駄目なのかしら? ―――いいえ、彼は元々怪盗だった。 ―――だから執事ではないわ。 ―――・・・エドガーに会いたい。 ―――呼び出す勇気はないけど、もう一度会って話がしたいわ。 髪は夜用に整えられ、爪は薄らと光沢を放つよう仕上げられている。 姿見を見て満足したニーナは宝物庫へ向かった。  執事としての部屋は別にあるが、今はそれよりもそこへ行った方がエドガーに会えるような気がしたのだ。 怪盗としての最後の仕事をするなら、当然やり残したことはそれだろう。  だがそこには誰もいなかった。 宝石もきちんとある。 ―――・・・宝石は結局盗まないのかしら? 風呂上りということもあり少し肌寒いが、来ることを信じて待っていた。 そうしてどのくらい経ったのだろう。  誰かの足音が聞こえてきたためすぐさま立ち上がり駆け寄ってみたが、そこに立っていたのはエドガーではなかった。 「姫様? このようなところでどうされたのですか?」 来たのは一人の文官だった。 夜遅いことが気になるが見回りでもしているのだろう。 ニーナ自身もここにいた理由を言うことはできないため追及することは無理だ。 「いえ・・・。 少し散歩がてら」 「夜なのでお身体が冷えますよ」 「そうね。 戻るわ」 そう言われ仕方なくここから離れた。 だがやはり目的は達成しておらず、エドガーを探すよう大回りして部屋まで戻ることにした。 それでも執事室の方へは何となく行きにくい。  「ッ・・・!」 遠回りをしてるうちに王様の部屋の前の廊下に足を踏み入れようとしたその時だった。 王様の部屋の前にいるエドガーと目が合い、足を止めた。  何故か暗闇に身を潜めていたエドガーは驚いた顔をした後、悔しそうな表情をした。 「エドガー? どうしてそんなところにいますの?」 「ちッ。 また失敗したか」 「え?」 見たこともない冷たい表情と、地の底を震わせたような低い声だった。 「エドガー、貴方は・・・」 ニーナはエドガーが怖くなり腰が抜けてその場に崩れ落ちた。 後退っていると小さなランプの台にぶつかる。 するとその衝撃で台の上に置かれていた花瓶が落ちてきた。  普通なら簡単に倒れるはずがないため、不安定な置かれ方をしていたのだろう。 「姫様ッ!」 エドガーの叫ぶような声を聞くと同時に強い衝撃を受けニーナは意識を手放した。 そして、夢を見ることになる。 暗闇の中ポツリと浮かぶ花畑で二人のエドガーがそこに立っているのだ。  一人はいつものように笑ってくれるエドガー。 もう一人はまるで仮面を被っているかのように感情を感じられない顔。 ニーナのイメージである二人のエドガーがそこにいた。 「姫様もこちらへいらしてはどうですか?」 笑顔のエドガーが温かく言う。 ニーナが立つのは闇の上で、酷く心細く寂しい感情が胸を支配する。 「貴女は来るべきではありません。 この花畑も幸せな生活も、そして僕も紛いものなのですから」 無表情のエドガーが冷たく言う。 歩み寄りかけていた足がその言葉でピタリと止まる。 「・・・エドガー。 貴方は、一体・・・」 ニーナがそう言った瞬間、二人のエドガーが顔を鬼のような形相に変え、ニーナはそのあまりの恐怖に目を覚ますことになる。 目覚めるとそこはエドガーの部屋だった。   綺麗に物がなくなっていることからやはり身辺の整理をしていたのだろう。 それよりも寝汗が酷く、エドガーがそれを見てすぐさまハンカチで拭いてくれた。 「エドガー・・・」 「姫様、どうかご安静に。 お身体の方はいかがですか?」 「えぇ、大丈夫よ」 頭をさすってみるとコブもできていないし、痛みは特に感じなかった。 エドガーは溜め息交じりに言う。 「全く。 貴女がいると本当に調子が狂う」 「・・・エドガー、貴方は一体何者なの?」 恐る恐るそう尋ねてみた。
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