姫と執事の内緒

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「そのお顔は、どうやら覚悟が決まったようですね」 エドガーはそう言いながらも優しく笑っていた。  どちらを選ぶにせよ、エドガーの協力が必要だがそれをしっかり取り付けるためには、宝物庫に侵入しようとした怪盗であるということを知っているというカードを切らなければならないというのに。 「決めました。 私、ここへ残ります」 結局、このままにするのが一番いいという結論に達したのだ。 本当の両親がどう考えているのか分からないが、少なくとも先程の本当の姫が不幸せそうには見えなかった。  自分も心から幸福かは分からないが、今の生活に満足している。 本当の両親が花売りの二人だということを心では理解したが、頭では二人との時間がないことが残る。  嬉しさも悲しさも寂しさも、全てはこの城で生まれた感情なのだ。 「思い出を選ばれたのですね。 いい選択だと思いますよ」 「エドガー自身もこの選択をいいとお思いで?」 「そうですね。 悲しむ方が少ないので」 「そう・・・。 ならよかったわ。 ではお願いです。 私が本物の姫でないということはこのまま内緒にしておいてもらえませんか?」 そう言うとエドガーは悲しそうに頷く。 快く了承してもらえると思っていただけにそれが気になった。 「もちろんでございます。 ですが、そんなにご心配されなくても大丈夫ですよ」 「どういうことですの?」 「明日には、僕はこのお城にはおりませんので」 「・・・え?」 いきなりのことであまりにも衝撃的だった。 この先エドガーの協力が得られないのは痛い。 「先程、執事を辞めることをお伝えしてきました」 「ッ、どうしてですの!?」 「姫様には僕の正体がバレてしまいましたからね」 「もちろん私も、エドガーの内緒は守りますわよ?」 「はい。 守ってくれると信じております。 ですがもう、僕がここにいる意味がなくなってしまったのです」 「・・・」 「互いに内緒を守ったまま終わる。 とても平和でしょう?」 そう言って悲しそうに笑った。 だがどこか消え入りそうな雰囲気を感じる。 いつも何を考えているのかよく分からない人だと思っていたが、周りを不安にさせるような表情をすることはなかった。 「・・・それって、今日家宝を盗むということですの?」 「さぁ、それはどうでしょう?」 家宝を盗まれるとしたら、流石に見逃すわけにはいかない。 この関係が続いていたのは未遂に終わっていたことと、エドガーの言葉が本当かどうかわからなかったことが大きい。  ニーナの両親が花売りだと分かりエドガーの言葉は本当だと分かった。 となれば、エドガーとしてはある意味では一方的に弱みを握ったに等しい。  ただそれをカードに何かをしようとしている風には思えない。 それ以上にエドガーがいなくなってしまうことについて気持ちが揺れ動くのを感じていた。 「ですが告げ口は駄目ですよ? もし告げ口をされましたら、僕も姫様の正体をバラさないといけなくなりますので」 「・・・」 「では、僕はこれで」 恭しく会釈をすると背を向けて去っていった。 やはり何かを隠しているように思える。 ―――・・・何でしょう、この気持ち。 ―――エドガーが執事を辞めると聞いてから、ぽっかりと心に穴が開くようなこの感覚・・・。 部屋を見渡せば広い部屋にニーナは一人だけ。 ―――また落ち着かなくなってきたわね。 気持ちを鎮めるために少し城内を歩くことにした。 それに今後どうするのかはじっくり再考する必要もある。 あまり通らない詰所の前を通った時、噂話をするメイドたちの声が聞こえてきた。  おそらく今は休憩中なのだろう。 「エドガー様がお辞めになるんですって! 聞きました!?」 「そうなのですか!? 初耳です、とても残念です。 折角最近親しくなれましたのに」 ―――エドガーがこのお城からいなくなるということは、もう知れ渡っているのね。 廊下を歩く度にそこら中からエドガーの話が聞こえてくる。 「エドガー様、私が部屋の大掃除を終えた後、飲み物を用意してくださったんですよ」 「私だって家族のことで悩んでいた時に、エドガー様が親身になってお話を聞いてくださいました」 エドガーとの思い出話まで聞こえてきた。 分かってはいたことだが、自分以外にもエドガーと親しい関係を築いている人たちはいる。 ―――・・・何故か心がモヤモヤします。 ―――私の知らないところで、いえ、私以外の方にもこんなに優しくしていましたの? ―――とても周りから愛されて、悲しまれていて・・・。 ―――まるで私が嫉妬をしているみたいです。 ―――一体何故? ニーナは心のうちに芽吹き始めた何かに気付き始めていた。
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