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時は2085年。
減少する若者と増える高齢者問題を解決すべく、政府は「オンライン介護事業」に3兆円もの予算を投入。
これはそんな未来の一コマのお話――。
「山本さ~ん、おはよ~ございま~す。スマイル病院、石田で~す」
オンライン通信の小さなモニターに写し出された黒髪眼鏡の青年。彼はスマイル病院介護士の石田剛。病院の売りであるスマイルは一応浮かべてはいるが、それよりも目の輝きの無さの方が目立つ男である。
「あ、イシダーじゃん!オハヨー」
「ケアピー、おはよ。……石田さんな」
「イシダーの頭は今日もカタイ!イイぞ!」
「ナチュラルに煽んな、ケアピー」
石田と話しているのはアニマル型ケアロボット、通称ケアピー。歩行器のような機械に動物をモチーフにした外観が装飾されており、AI搭載、遠隔通信・変形可能、動物の種類も23種類現在の所用意されている最新機器で、山本は馬型ケアピーを愛用している。
「聞ケヨ、イシダー。ヤマモト様の奴、またオレの首に鞄やら上着をカケるぜ。遂にアレか?」
「……いいから山本さん呼んでくれ、ケアピー」
人差し指を頭にトントン、ニヒルにやってみせるケアピーを制し、山本を呼ぶよう石田が頼む。ケアピーは「分かったー」と言って一度画面から消え、数分後モニターの映像が切り替わった。
「あ、山……」
「おう!石田くん!元気か?」
「いや、本体は!?これ、VTuberでしょ!」
画面に映し出されたのは山本本人ではなく、山本が作ったアバター。しかも齢八十の山本とは似ても似つかない、二十歳そこそこの美青年アイドルのような衣装風貌であった。
「何してんすか、山本さ~ん……」
「ええやないか、アバターで髪の毛なびかせてキラキラしたって!」
「いや、まぁ、そりゃ良いっすけど……」
「佐藤ちゃんなんて、マジイケメン言うて喜んでくれたで!」
「イシダーは頭カタイからな!」
「……入ってきて煽んな、ケアピー」
美青年アイドルのアバターとケアピーがキャッキャッと盛り上がる異様な画面に、石田は“落ち着け”と自身の心に呼び掛け、どうにかポーカーフェイスを保つ。
「ケアピー。山本さんの脈、測って」
「イイよー!」
ケアピーはアバターの手首をギュッと掴み、変わらぬ表情で石田を見る。
「いや、本体の脈を……」
「シ、死んでる?!」
「アバターだからだよ!」
抑えていたツッコミが爆発する石田に、また美青年アイドルのアバターとケアピーが手を合わせてキャッキャッとはしゃぐ。
「山本さ~ん、僕あと三十五件オンラインで回らなきゃいけないんで、もういいですか~……」
「あ、イシダーが切れそうダヨ?ヤマモト様」
「はいはい、出たらいいんやろ~、出たら」
ブゥンと再び画面が切り替わると、ようやくベッドの上で胡座をかいて座る白髪の男性老人が姿を現した。ベッドテーブルに所狭しと置かれたパソコン機器やらモニターの配線やらだけ見れば、そこは青年ゲーマーの部屋のようだ。
「山本さん、調子の方はどうですか?」
「あんまり、良うないなぁ」
「えっ?大……」
「どうもここの接続設定が上手くいっとらんような気が……」
「いや!パソコンもういいですって!体!山本さんのカラダ!」
「コンな元気なジジイ、いないダロー!」
「ケアピー、うるせぇ!」
モニター越しにパシンと手で突っ込みを入れて声を張る石田。ハァと短く溜め息後、時計をチラリと見て落ち着きを取り戻し、再び口を開く。
「えっと~、一応聞きますけど、担当医に伝えておきたいこととかありますか?」
「お~!伝えておきたいことな!」
山本は「ん~」と無精髭をジョリっと触りながら、突如閃いたように人差し指を石田に向けて答えた。
「今度新しく始めた動画サイトに曲アップしようと思うとるから!再生回数のために先生も見てくれへ……」
「わかりました~」
「あー!イシダー、流シたー!」
まだ何か言いたげに盛り上がっている山本とケアピーを置いて、石田はそっとオンライン通信を切った。
そして、その勢いままに担当医宛の電子カルテに「山本、絶好調。新曲アップ」と無表情で打ち込んだ。
半年後、ネットで「謎のユニット・マウンテンケアピーによる名曲」とバズることを今はまだ誰も知らないーー。
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