12人が本棚に入れています
本棚に追加
私自身も混乱していた。
「あ……すいません。お見せできるものが何もありません」
「そう。それは残念ね」
言葉とは裏腹に、軽い口調だ。気持ちがこもっていないように感じる。
私はこれ以上、お店に居づらくなってきた。
「あの、今日はこれで失礼します」
「はい。うちの店のテイストに合う作品だったら、お願いするわね」
れもんさんの表情から、やっと帰ってくれそうだという、ほっとした気持ちが伝わった。そして釘を刺された。何でもかんでも置いてあげるわけではないのよ、と。
深々とおじぎをして、ドアを閉めた。
本当に何が起こったんだろう。わけがわからない。
バッグから取り出したハンドタオルに、ワンポイントの刺繍がしてあった。私が刺した薄紫のすみれの花束だ。
これだけでも見てもらおうと、もう一度ドアを開ける。
「さっきの女の子帰ったのか? 何かけっこう必死そうだったけど」
「そう。初めは、他の店と勘違いしてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだったし。ちょっと虚言癖でもあるんじゃないかしら。そんないかれてる子、もう一回来てもお断りだわ」
そっとドアを音を立てずに閉めた。
私は得体の知れない人間に思われたのだ。
パリンパリンと割れる音が、心の中に響いた。
れもんさんと築いた信頼関係は、石のように固いものだと思っていたのに。
それは雲母よりも更に脆いものなのだと痛感した。
最初のコメントを投稿しよう!