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 マスクをポケットにつっこんで顔を上げると、その女性がにらんでいる。 「マスクしなさいって言ってるでしょう!」 「あ、は、はい!」  私は慌てて包装を開けて、マスクをつけた。  女性は私のことを確認すると、やっとお仲間の方に戻っていった。    感染症?  どういうことだろう。    それよりも、私の紙袋はどこに行ったの。  中には、トートバッグやポーチが数個と、無地のブラウスやシャツに刺繍したものが何枚か入っている。  さきほどの植え込みのところをのぞいたり、飛ばされて行きそうなところまで捜してみた。  それでも、無い。  れもんさんには、午前中にお店にうかがうと言ってあるだけで、時間の約束はしていない。それでも、もうそろそろ顔を出さなければいけないだろう。 『どうしよう』  気ばかり焦る。  あんなに頑張って作ったのに。  昨日は徹夜までしたのに。  このまま手ぶらで店に行ったとして、突然無くなったと説明しても、信じてもらえないだろう。  納期に間に合わなかったから、嘘をついていると思われるのがオチだ。  せっかく声をかけてもらえたのに、信用を失ってしまう。  胸の奥が、さああっと冷えていくのがわかった。
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