【12】二十年に一度の災難

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「うん、折れてるね」 「は!? 折れてる!?」 「正確には橈骨遠位骨折ね。ほら、ここの親指側の橈骨が折れてるでしょ?」 いやいや、でしょって。 「あの、どのくらいで治るんですか?」 「ギプスで固定してだいたい一ヶ月くらいかな。それからリハビリだね」 「一ヶ月って……」 ───嘘だろ!? 何故こんな事になったのかというと。 会社で新商品の搬入があって営業が数人集まり作業をしていた時、新卒入社の高橋(たかはし)が重い荷物を持ち上げた状態でよろけ転倒しそうになった。それを俺がとっさに支えた……つもりだったが、バランスを崩して倒れそうになり後ろに手を付いてしまったんだ。 俺の体重が一気に左手首に乗ってしまい、激痛が走った。 その時は捻挫くらいだろうと思い無理矢理我慢していたんだが、何時間経っても痛みは引かないし、むしろどんどん腫れて悪化していった。 周りにも心配され、仕方なく病院で診てもらったら、これだ。 マジでツイてない。 骨折なんてしたのは中一の時以来だ。 あの時は部活の練習中に部の先輩と衝突して足首が折れた。たしか二週間くらい入院した。それからリハビリの日々が始まって部活に復帰できたのは半年後くらいだったような気がする。 実に二十年ぶりの災難だ。 あまりにも遠い昔すぎて当時の事はよく覚えていないが、間違いなく今回の方がつらい気がする。 いや、絶対昔もつらかったはずだ。部活も入部したてで他の皆と差がひらいてしまうのが悔しくて悔しくて、毎日早く治す事ばかり考えていた。 でも今は仕事がある。いつまでも休んでいられないし、新人の教育も途中だ。それにかわいい恋人と大人の特訓だってある。 マジで骨折なんかしている場合じゃない。 歳のせいで前回より治りだって遅いだろうし、左手がほぼ使えないから日常生活にも支障が出る。 利き手ではない事だけが唯一、不幸中の幸いといったところか。 今日は金曜日。 とりあえず会社は来週の一週間休む事になった。 その先は腕の状態次第で在宅勤務に切り替える予定だ。会社に戻り必要最低限の引き継ぎを終えた俺は、ギプスでぐるぐる巻きの腕でタクシーに乗った。この時の俺は疲れ果て放心状態だった。 あぁ、癒し…… 癒しがほしい…… 俺の精神安定剤…… あ、ヤベ! バタバタしすぎて翔太に連絡するの忘れていた。この時間ならもう俺の家で待っているはず。いきなり俺のこの姿を見たらあいつ、驚くだろうな…… 俺は鞄から鍵を出す事すら面倒くさくて、インターフォンで翔太を呼び出しマンションの入り口を開けてもらった。 「おかえりなさい!」 嬉しさいっぱいの翔太の笑顔が俺を出迎えてくれた。 「ただいま。遅くなって悪かったな」 「いえ、ぜんぜ……」 翔太の視線が俺のギプスに向けられ言葉が途切れた。 「腕折れたわ」 「え?」 「とりあえず中入れて。落ち着いて説明するから」 「あ、はい……」 驚いたというよりはとても戸惑っているような翔太の声を聞いて、俺は何故かすごく胸が苦しくなった。
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