【12】二十年に一度の災難

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それから俺の地獄の日々が始まった。 普段当たり前のように出来ている事が出来ない、というのは思っていた以上にストレスだ。 利き手の骨折ではないのに、意外にもスマホの操作が難しかった。文字を打ったり何気なくやっていた事は実は左指か両手を使っていたらしい。 食事は作れないからほぼコンビニと宅配で済ませた。これはキャッシュレスにしていたおかげで小銭を出す手間が省けて助かった。 あとは掃除洗濯。散らかった空間に長時間いるのが苦手な俺としては、なるべく綺麗な状態を保ちたいのだが洗濯物を畳むのが大変すぎてどうしても散らかってしまう。この時ばかりはまたすぐ使うからいいやと、乾いた服やタオルはソファやベッドに投げたままにしていた。 一番大変なのは風呂だ。髪と体を洗うのが本当に面倒くさい。上がってからの一連の流れもだ。 翔太が平日に何回かと、休みの日は泊まり込みで介護……じゃなくて看病してくれたからめちゃくちゃ助かった。 そんな中、ストレスだらけの生活で唯一とも言える新しい楽しみが一つ出来た。 それは、翔太が俺の頭をシャンプーしてくれている時にだけ聴ける謎の鼻歌だ。 ふんふ~んと、いつも同じ歌を歌っているらしいが、それがなんの曲なのか全然分からない。でもその優しいテンポと楽しそうに頭を洗う姿がそりゃーもう可愛くて、その時だけは嫌な事をすべて忘れて至福の時間を味わえた。 幸い俺の腕の治りは順調で、予定通りにギプスも外れそうだ。 仕事にも復帰した。リハビリを兼ねてパソコンで作業もするし、商談もサポートしてもらいながらこなしている。力仕事はできないからもっぱら指示出し役だ。 困っている事といえば、自分のせいで俺が骨折したと思いひどく落ち込んでいる高橋だ。何度も気にするなと言っているが、いつも心配そうに俺を見てくる。そればかりはもう早く治してやるくらいしか出来ない。 翔太にもたくさん迷惑をかけてしまっているし、寂しい思いをさせている。 でも、もう少し。 もう少しでいつもの日常がかえってくる。 今回の事で俺は今ある生活の大切さを実感した。 いつもそばにある当たり前の幸せは、ちゃんと特別なのだと忘れないでいよう、と。 そしてそれを自分の中だけにしまい込んで満足しないように、しっかりとカタチにして伝えていかなきゃいけない。 俺はこの突然降りかかった災難のおかげで、ある決意をすることができたんだ──── 「あ、ン。捺さん……も、だめ。おしまい」 「んーもう少し」 「だめ、あ……こら!」 翔太の服の中に右手を忍ばせたらすぐに叩かれた。俺が骨折してから、俺達はの関係になってしまった。 それには理由がある。 俺がさぁこれからという時にバランスを崩して左の手首に負荷をかけてしまい、なんとも情けない声を出してしまった事があって、そのせいで翔太に余計な心配をかけてしまったんだ。 その失態以来、翔太からエロイコト禁止命令が出されてしまった。これにはかなり堪えた。いや、正直これが一番キツイ。 俺にとっては三度の飯より楽しみな事なのに。
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