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「うぅ、緊張してきた」
俺の隣には、心臓を圧迫するように胸を押さえ前屈みになりながら唸っている翔太がいる。
何故か、というと。
今日はこれから俺達と、辰典と乃梨子の四人で食事をする予定になっているからだ。
これは乃梨子たっての希望だった。
翔太の事が辰典経由で乃梨子にバレて、というかバラされて、どうしても会ってみたいとしつこく言われ続けていた。
それで今回こうやって紹介する場を設けたという訳だ。辰典はただのオマケ。
翔太に乃梨子の事は話してある。
六年間付き合っていた元婚約者である事。
乃梨子の転勤がきっかけでケンカ別れした事。
翔太がそれを聞いてどう思ったのかは、正直なところよく分からない。
今日の事を相談した時も嫌な顔一つせずに承諾してくれたし、絶対会いたくないとか、俺に会わないでほしいとか、そういうのは一応無いようだ。
──本音のところまでは、聞けていないが。
でもこうして緊張している様子を見るに、いつもとは違う何かがあるのだろうと、そう推測できる。
今日は予約してある店で待ち合わせている。
仕事終わりに早めに駅前で合流していた俺達二人が一番乗りだった。
さっき辰典から少し遅れると連絡があったからとりあえず乃梨子が来るのを待つことにする。
「捺さん、俺、なんか変じゃないですか?」
「大丈夫だって」
何回目だよ、その質問。
「やっぱり……俺見て"男かよ"って、ならないですかね」
「ならねーって。もう知ってるから」
「でも、視覚的な情報はまだじゃないですか」
「はぁ?」
ったく。なんでそんなに卑屈になるんだか。
俺は四人掛けテーブルの隣に座る翔太の顎を掴んで無理矢理こっちを向かせた。
そのままおもいっきり唇に吸い付く。
「ンー!?」
翔太の驚いた声が口内で響いている。
「ちょっ、ちょっと!」
「個室だし誰もいないからいいだろ?」
「そういう問題じゃ……! どうするんですかいきなり扉が開いたら! み、見られちゃうんですよ!?」
やっといつもの翔太に戻ってきた。
「はいはい、すいませんね」
「ちゃんと分かってます? 最近の捺さんは前にもまして適当すぎますよ!?」
「わーかったって」
いつも通りになりすぎてキャンキャンうるさい翔太をなんとか宥める。
「気をつけるよ」
「もー、捺さんはー」
「とか言って」
「え?」
「実はキスされて嬉しかっただろ?」
「……!」
翔太の顔がみるみる赤くなる。
「そ、そんな事ないです! 捺さんはちゃんと反省して下さい!」
「へーへー」
本当こいつはからかい甲斐があって面白い。
その時、個室の扉が開く音がした。
「ふふ、楽しそうな声」
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