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捺さんの腕は順調に治っていて、今はサポーターをつけて生活をしている。もうほとんど痛みもないらしい。ずっと仕事も生活も大変そうだったからすごく心配していたけど、完治まであと少しだ。本当に良かった。
ある晴れた土曜日。
最近できた新しい友達。
今日はその彼の家に遊びに行く予定だ。
普段乗らない電車。下りない駅。
初めて見る景色に不思議と胸がわくわくする。
でもちょっとだけ、隣が淋しい。
「いらっしゃい吉村さん! わざわざ来ていただいてありがとうございます!」
智くんは今日も元気いっぱいだ。
「こちらこそだよ、お邪魔しちゃってごめんね」
「いえいえ! むしろ推しが部屋にいるとかただただ俺得な状況ですから!」
そして、今日もよく分からない。
この頃は智くんがマンガをたくさん貸してくれるから、自然と交流が増えていた。仕事帰りに少し話したりって事が多かったけれど、もういっそ家に来て好きそうなの借りて行ってくださいと提案された。
まるで「図書館で本を借りましょうよ」みたいな感覚で言われ、最初は遠慮していた俺ももう当たり前みたいにたくさん借りて読んでいる。
「あ、そうだ。駅前にあったケーキ屋で色々買ってみたんだけど、智くん食べた事あるかな?」
「え、本当ですか! あの店めちゃくちゃ美味いんですよ! やったーありがとうございます」
「そっか良かった。ごめんね、俺いつも借りてばっかりなのにこんなお礼くらいしか出来なくて」
「そんな事全然気にしないで下さい。翔太さ……あ。えっと、吉村さんは存在そのものが神々しいんですから」
「……うん?」
あれ、名前。
そう思った時、部屋の扉が開けられ壁一面にずらっと並んだマンガ本が目に飛び込んできた。
「うわ、すごい量だね」
「そうですか? これでもほんの一部ですよ。最近は電子書籍をメインで購入しているので」
「そうなの? これだけでもかなりの量だと思うけど」
智くんは本当にマンガが好きなんだなぁ。
「適当に座っててください。買ってきていただいたケーキ一緒に食べませんか? 俺飲み物準備しますね」
「うん、ありがとう」
俺は壁に沿うように置かれた大きな本棚と、綺麗に並べられている本たちに圧倒されたまま、テーブルの前に座った。
「そういえば、彼氏さんはその後どうですか?」
お茶が入ったグラスとケーキをテーブルに置きながら智くんが言った。
「おかげさまで順調に治ってるよ。もう来週あたりサポーターも外していいみたい」
「そうなんですね、それは良かったです。手が使えないって本当に不便ですからね」
「本当だよねー」
「俺がもしマンガ読めない生活になったら、精神的ストレスで髪の毛全部抜けそうですよ」
「あはは……」
なぜか冗談に聞こえない。
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