【10】耳をくすぐる響き

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「いやぁー! ちょっと何なになにーもー!」 部屋中に乃梨子の悲鳴が広がる。 「可愛い可愛い! てか肌キレーまつ毛長ーい! なにこれヤバーい! ね、ね、触ってみていーい?」 「え、えと……」 「ちょっとお前、落ち着けって」 興奮状態の乃梨子をなんとか押さえつける。 「あ、あの、俺! 吉村ちょ……翔太といいます! 今日はよろしくお願いします!」 いやお前も、自分の名前噛むなよ。 「んふふ、翔太くんね、宜しく。私は乃梨子よ。今日は会えてすっごく嬉しいわ! ずっとあなたに会ってみたかったの」 そう言うと乃梨子は満面の笑みで翔太の手を両手で握った。 「それにしても、翔太くん本当に綺麗な顔してるわねー。まつ毛なんてエクステしてる私より長いんじゃない? それに肌だってスベスベだし! んもー征一(せいいち)にはもったいなーい! ズルいズルい!」 「はっ! 見たか! これが二十代なんだよ」 「征一、それ私に言ってる? ていうかなんであんたが誇らしげにしてるのよ」 急に低くなった乃梨子の声と睨みが俺に向けられる。それより俺には気になる事が。 「そろそろ手、離せば?」 「あら、ごめんね?」 乃梨子にずっと握られたままだった翔太の両手がようやく解けた。このやり取りをしている間も翔太は黙ったままだった。きっと乃梨子の迫力に圧倒されているのだろう。 「とりあえず先に始めてよーぜ。辰典は遅れるらしいから」 別に来なくてもいいしあいつは。 俺達は三人分の飲み物といくつかつまみを注文した。 今日は乃梨子に合わせて和食中心の店を予約していた。日本酒に合うようなメニューが数多く取り揃えられている。 「ん、捺さんこれ食べました? すごい美味いです。えっと、なんでしたっけ?」 「平目の昆布締めだろ」 「へぇ? よく分かんないですけど美味しいですね」 「いやさっき説明されただろ? 昆布で締めてあるって」 「昆布? 駄菓子の、ですか?」 「は? お前それ、(みやこ)のこと言ってる?」 「? はい。あれ美味しいですよね」 こいつの料理の知識の無さがエグい。 もはや心配になるレベル。 「ふふっ、」 ふと、目の前から笑い声が聞こえてきた。 真鯛の酒盗を旨そうに食べながら乃梨子がニコニコとこちらを見ている。 「あなた達、仲良いわね。ちょっと羨ましくなっちゃうわ」 「あ、すいません……」 少し恥ずかしそうに翔太が下を向く。 「あはは、謝らないで。私すごく安心してるんだから。征一がちゃんと恋愛してて、嬉しいのよ」 乃梨子はお猪口(ちょこ)に入っている日本酒をくるくるとゆっくり回しながら何かを考えているような顔をしている。 「あのね。本当は私……征一から男の人と付き合ってるって聞いた時、反対しようと思ってたの」
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