屋上とギャルとチューハイ

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屋上とギャルとチューハイ

 一葉(かずは)一葉さんと初めて会った時をやり直したいかと聞かれると、ぼくは間違いなくノーと答える。ロクでもないけれど、あの状況でなければ一葉さんとは会えなかっただろうから。  その日の夜、ぼくは病院の屋上で錆びついた柵に体重を預けていた。  もし、目の前の柵がふっと消え、顔も知らない誰かが優しくぼくの背中を押してくれるなら、抵抗することなく頭から地面に落ちて死ねるだろう。これから待っている悪夢のような本試験を迎えなくてもいいし、胃が悲鳴を上げるようなストレスの日々から解放される。なにより、母さんの顔を見なくて済む。  思えば受験ほど不平等な競争はない。個人の素質などまるっきり無視して同じ問題を解かなくてはならない。ぼくのよう小さい頃から机に縛り付けられて勉強している奴も、俗に言う天才で、遊びついでにちょちょいと教科書を理解できてしまう奴も、横一列にスタートラインに立たされる。  試験自体は数日で終わる。しかし、その後の数十年間はそれによって恐ろしいほど姿を変える。信じられないほど残酷だ。  そして、最悪なことにぼくは高校受験でその競争に負けた。十代前半を捧げた一度きりのチャンスは、無残にも微笑んでくれなかった。  受験に落ちたことを母さんに伝えたあの日、母さんは狂ったように泣き叫んだ。ありったけの怒りをこめて物を投げつけてきたあのさまは、一生忘れることはないだろう。  全部ぼくのせいだ。合格さえすればよかったんだ。  だけど、過ぎたことだ。  上を見る。さすが病院の屋上といったところか、柵の上には鉄線の返しがついている。健康で自殺願望溢れる若者でも、あそこを跳び越えるのは無理だろう。  だけど、もしこの網が突然消えてくれたら、ぼくは……。 「自殺すんの?」  不意に背後から若い女の人の声がした。振り返ると、頭に包帯を巻いた金髪のギャルが、お酒の缶を持ってこちらを見ている。  ぼくがなにを言おうか、口をパクパクさせていると、再び、「ねえ、自殺すんのって聞いてんだけど」と答えを急かしてきた。  相手はわかって質問している。嘘をついてもしょうがない。ぼくは正直に、「はい」と答えた。
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