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「はい、カット!」
途端、威勢の良い大声が響く。それを合図に、新谷美咲はゆっくりと身体を起こした。新谷は血糊がついたショートヘアーを撫でながら、カメラの後ろの峰立監督の方を向いた。
「いいねえ、美咲ちゃん。雰囲気出てたよ」
無精髭を撫でながら満足気に頷く峰立監督に、新谷は恭しく微笑んで言う。
「いえ、甲賀さんの演技が凄かったから、私もついノっちゃって」
峰立監督はそこで、新谷の後ろでしゃがみこむ甲賀雅也の姿に目をやった。甲賀は依然として、新谷演じる吉原真奈を抱え込んでいた姿勢のまま、ぼうっとしている。まるで魂が抜けてしまったかのように、ぴくりとも動かない。
「甲賀さん、大丈夫ですかね?」
新谷は心配そうな声で、峰立監督に訊く。すると峰立監督の背後から「大丈夫です」と瀧見マネージャーが返した。
「言ったでしょう。うちの甲賀君は、とことん役に入り込むタイプなんです。だからああやって、こっちの世界に帰ってくるまでに時間がかかる。いつものことですよ」
誇らしげに語る瀧見に、峰立監督も機嫌良く同調しはじめる。
「ありゃあ、天性の才能なんだろうよ。実際俺の目からしても、彼の演技は天才的だ。超人的と言ってもいいかもしれん。下手すりゃ、こっちまで彼の世界に呑み込まれそうになる。まさに天才役者だな。人気も出るわけだ」
「ありがとうございます。あ、そろそろお目覚めみたいですよ」
瀧見がそう言って甲賀に目をやる。甲賀はズボンについた土を払うと、人形のように無表情な顔を瀧見たちに向けた。
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