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第10話 私の婚約者 (麗奈 視点)
日曜日、莉世お姉様を呼び出した。
私と聡さんの結婚式のドレス選びのためにね。
もちろん、聡さんも一緒。
「莉世さん、久しぶりだね」
「そうですね」
お姉様は顔色一つ変えず、聡さんに挨拶をしていた。
相変わらず、いつもの地味な服装をして、『いいお嬢さん』を装っていた。
お金持ちなんだし、服くらい買ってもらえばいいのに。
「ねえ、聡さん。どれがいいかしら?」
「なんでも似合うよ」
「じゃあ、お姉様が着ていたマーメイドタイプにするわ」
「お客様はこちらの袖のあるプリンセスラインがよろしいかと。マーメイドはぴったりしていますから、体型が分かりやすいですし」
「麗奈はプリンセスタイプにするんじゃなかった?」
「なんなの!?私がチビでデブだといいたいわけ!?」
「そ、そうじゃないけど。私の結婚式の時に言っていたから」
狼狽えたお姉様に聡さんが言った。
「莉世さんの結婚式じゃないんだから、麗奈の好きにさせてあげれば、いいじゃないか」
そうよ。
でしゃばりなのよ。
聡さんに注意された莉世は恥ずかしそうに下を向いた。
「そうね。ごめんなさい。余計なことを言ってしまって」
わかればいいのよ。
「お姉様は聡さんと結婚できなかったから、私にケチつけたい気持ちになるのはわかるわ。でも、お祝いしてくれたって、いいじゃない」
悲しそうな顔で目を伏せると、聡さんは同情して、私に味方をしてくれた。
「莉世さん、麗奈はこの日を楽しみにしていたんだ。だから、なるべく優しくしてあげてくれないか」
「え、ええ」
聡さんがお姉様に言うと、ますます身を小さくし、うなずいていた。
何を着ても聡さんは絶賛してくれた。
二人で並んだ写真をお姉様に撮らせ、画像を携帯に送ってあげた。
お似合いな私と聡さんを見ればいいのよ!
ドレスが決まると、聡さんは仕事だからと言って、いなくなった。
「私も帰るわね」
「ええ。莉世お姉様。結婚式、楽しみにしていて」
お姉様は疲れた顔でうなずいていた。
「このまま、帰るのもつまらないわね。買い物して帰るわ」
迎えにきた運転手にそう告げた。
「はい」
なにを買うわけでもないけど、服をみたり、靴を見ていると、ブランド品を買う人達の中で、異質な存在を見つけた。
ボサボサの頭にダサい黒縁の眼鏡、たぶたぶのパーカーにデニム、サンダル。
近所のコンビニにでも来たような服装に笑いそうになった。
私の婚約者だった男、時任朗久は初対面から最悪だった。
でも、まあ、お見合いだけあってスーツは着ていたわよ?
お父様と難しい話をしているだけで、聡さんみたいに服や髪を褒めてくれないし、すっごくつまらない男だった。
そんな男と結婚したのが、お姉様でよかったわ。
真剣な顔をして、なにを買ったのか、わからなかったけれど、店員に聞いてみた。
「ねえ、さっきの人、いつもこの店にくるのかしら?」
「ええ。お住まいが近いのか、最近、よくいらっしゃいます」
住んでいる所はこの辺りじゃない。
つまり、愛人との住まいがあるってことね。
私はすぐにわかった。
「さっきの人が買ったものと同じものが欲しいのだけど、だしてくださる?」
「あ、はい。少々お待ちください」
肌触りのいいひざ掛けを持ってきた。
「三枚も!?」
同じ色を三枚。
「はあ」
そうね。愛人が一人とは限らないわね。
「よく見たら、そんなに欲しくもなかったわ。けっこうよ」
これから、女とでも会うのかしら?
面白くて、後を追った。
あのボサボサ頭は高級店が並ぶ通りでは異色すぎてすぐに見つけることができる。
ほんっと、嫌な目立ち方よね。
地下鉄に乗るらしく、地下に降りていく。
浮浪者に話しかけ、親し気に話しているのが見える。
段ボールを持った浮浪者が嬉しそうに肩を叩く―――最悪!
浮浪者相手になにしてるの?あの男。
「見てられないわ……」
なんて、汚らしいの。
目を逸らしたわずかな時間の間に見失ってしまった。
せっかくどんな女と付き合っているのか、わかるところだったのに―――でも、いいわ。
そうね。
友人達を連れてきて、みんなの前で浮浪者と仲良くするあの男の姿を見せるなんてどうかしら?
お姉様が大恥をかくに違いないわ。
「どんな顔をするかしら?楽しみだわ」
お姉様のすました顔が歪むのを見れそうね。
思わぬ収穫に私は上機嫌だった。
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