第11話 二人の距離感

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第11話 二人の距離感

「え?膝掛け?」 なんのこと?と思いながら、聞き返した。 電話の向こうの麗奈(れいな)の声が楽しそうに弾んでいた。 『莉世(りせ)お姉様へのプレゼントだと思うけど、頂いたかしら?』 そんなの知らない。 ドレス選びに行った日、朗久(あきひさ)さんが出かけていたことは知っていたけど、なにをしていたか、なんて聞いてなかった。 「頂いてないわ」 『嘘っ!あれは女物だったわよ!絶対、愛人にプレゼントしてるんだからっ』 「そう」 『お姉様、可哀想。ねえ、日曜日ランチに行って気晴らししましょうよ』 また日曜日に会うの?と思ったけれど、麗奈は渋る私に無理やり約束を取り付けると電話を切った。 せっかくのお昼休みだったのに。 ふう、とため息をついていると、常務や専務がお昼から帰ってきた。 「あ、莉世さん。お昼は食べました?」 「ええ。お弁当を頂きました」 「社長はなにしているんだ。こんな廊下に放り出して」 「いえ。妹から電話だったんです。お休みになられていたので、お邪魔にならないよう部屋からでただけなんです」 「あんな奴に気をつかわなくていいのに」 「また昼寝をしているんでしょう」 「よかったら、コーヒーでも飲みませんか」 「はあ」 社長のはずなのに扱いが雑だった。 重役の面々は朗久さんと同じ年齢くらいで、若々しい。 重役室はフロアになっていて、仮眠室やシャワー室、ミニキッチンから大きな冷蔵庫が置いてある。 おしゃべりの声がして、賑やかだった。 「皆さん、会社の立ち上げからいらっしゃるんですね」 「そうです。社長は高校の先輩なんです」 「俺は大学からの付き合いだな」 「社長が何にもできないから、助けてるうちにこうなったんだよな」 「仕事はできるのに常識がないから」 はははっと笑っていた。 だから、みんな、親しげで友達のように話すんだ、と思っていると専務みずから、コーヒーを出してくれた。 「いや、莉世さんが来てくれて助かったよな。雑務が減ったし」 「特に会食や取引先への贈り物な!」 「なにを贈ればいいのか、わからなかったから、いつも同じ物しか贈れてなかったですからね」 わいわいと集まり、お菓子までだしてきた。 何年ぶりかにポテトチップスを口にした。 会食の場を選ぶのは百貨店の地下やレストランなどの出店先を探すときに食べ歩いたから、手帳に控えてあるし、どのような年代の方になにを贈ればいいかも、仕事上、頭に入っていた。 最近、仕事をするのは社長より、このフロアにいることのほうが多かった。 「あまりここにいると、社長が嫉妬して迎えにくるぞ」 「確かに!」 まさか。 皆は笑っていたけど、私は笑えなかった。 嫉妬されるような立場ではないとわかっているから。 お昼休みが終わり、社長室に戻ると、話し声がした。 「ひざかけ、ありがとうございます」 「いや。気にいってくれたなら、それでいい」 「すっごく気に入りました!」 「そうか」 嬉しそうな朗久さんの声がして、ドアを開けていいのか、迷う。 「寂しがり屋なとこがあって、困ります。他の方も言ってましたよ?」 「そうか。悪いな」 「いいえ。可愛いから許しちゃいます。それじゃあ、失礼します」 がちゃ、とドアが開き、気まずい思いで横に体を避けた。 中から出てきたのは若くて、可愛らしいリボンがついた服を着た女子社員で、私に微笑んで会釈した。 私も会釈した。 「ごめんなさい。遅くなって」 なかなか部屋に入れなかったせいだけど、それを言えずに席についた。 「あいつらと仲がいいな」 「え?」 「最近、向こうのフロアにばかりいる」 「仕事を頼まれるので、その、つい、向こうで作業をしてしまって」 どうして、私が言い訳がましいことを言ってるのか、わからなかった。 自分は若い子と楽しそうにしていたのに―――って、何を私は考えてるのだろう。 別に朗久さんが誰と話そうが、何をしようが、私には関係のないこと。 なんとなく、話しかけにくく、午後からはずっと黙って仕事をしていた。 仕事が終わる時間になり、立ち上がった。 気のせいじゃなければ、終始、重い空気のままだった。 「帰る」 「え?朗久さんもですか?」 珍しい。 いつもは私一人で帰って、朗久さんは夕飯の時間になると帰ってくる。 そこから、だいたい食事を一緒にして、少し話をして、くつろぐ。 「ああ」 目は見えなかったけど、顔をこっちに向けているから、私を見ているのはわかった。 運転手さんが『お早いですね』と言ったのに朗久さんは何も答えない。 機嫌が悪いみたいだった。 私がなにか怒らせるようなことをした覚えはない。 それなのになぜ? マンションにつくと、朗久さんは髪をかきあげた。 綺麗な顔が苛立ち、射貫くような目で私を見た。 「俺とはあまり話さないな」 「そんなことはないかと……思いますけど。あの着替えてきますね」 部屋に逃げ込もうとすると、腕を掴まれた。 「なぜ、避けるんだ」 「避けてなんて……!朗久さんが怒っているからです」 「怒っているのはそっちだろう?」 私が怒っている? 言われて、初めて気づいた。 「午後からずっと、目をあわせずに口もきかなかっただろう」 「うるさくすると、嫌かと思って……」 「俺が嫌いか」 「そんなっ……」 そんなことない―――そう言いかけたのに唇が重なり、言葉をかき消した。
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