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第13話 Just me
「朗久さん……。会社、休んでよかったんですか?」
よくあることなのか、誰からも連絡がない。
「ああ」
起きたのは昼過ぎで、遅い朝御飯を食べた後は膝枕を要求された。
『寂しがり屋なとこがあって、困ります。他の方も言ってましたよ?』という、言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。
ぼうっとテレビを観ているけど、まったく頭に入ってこない。
私は朗久さんより、ずっと年上だし、満足できずに愛人がいてもおかしくない。
せめて、膝掛けの件だけでも聞いてもいいわよね?
何度か心の中でシミュレーションしてみる。
よし、いける!
「あ、あの!」
「そうだ」
同時に話しかけて、沈黙した。
「そちらから」
「いや、そっちから」
「たいしたことじゃありませんから」
「そうなのか」
起き上がり、部屋に入っていくと、部屋からプレゼント用の包みを持って現れた。
「なんですか?」
「開けてみればわかる」
なんだろうと思って、開けてみると皮のブックカバーだった。
「手帳にかけたら、いいかと思った」
百貨店で働いていた頃、気になることを書き留めるのに使っていた手帳はボロボロで、それでも捨てるに捨てれず、手元にまだある。
もう必要ないのに持ち歩いていた。
私の手帳がボロボロなことに気付いていたんだと思うと不思議な気持ちになる。
気にかけてくれていたことも私を見ていたことも―――ブラウンの皮のブックカバーは高そうで、どこから買ったのかはわからなかった。
開くと右端に私の名前が入っている。
時任莉世の名前で。
「ありがとうございます。いいお品ですね」
そう言うと、朗久さんは嬉しそうに口の端をあげて、隣にどさっと座った。
「気に入ったなら、よかった。それで、そっちはなんの話だったんだ?」
「え、えーと。お茶をいれましょうか?って、言おうとしたんです」
意気地のない私は結局、聞くことができなかったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の朝、出勤すると、社長室の机の上に山のように仕事が置いてあった。
「くそ!あいつら!」
わしゃわしゃと髪をかき、朗久さんが向こうのフロアに行き、なにか言い争っていたけど、しばらくすると戻ってきた。
どうやら、言い負かされたらしい。
渋々、椅子に座り、真面目に仕事を始めた。
「これ、持って行ってくれ」
「はい」
判子を押すだけの書類を渡され、向こうのフロアに持って行こうとすると、腕をつかまれた。
「なんですか?まだありましたか?」
「あ、いや」
ぱ、と手を離し、うつむくと髪と眼鏡に隠れて顔がまったく見えなくなった。
「あ、莉世さん、おはようございます。書類をありがとうございます」
「おはようございます。すみません。昨日は無断でお休みしてしまって」
「どうせ社長でしょ。気ままなんですよ。ほんっと」
「会社にいるだけ、マシだよな」
「確かに」
わらわらと集まってきて、自分が必要な書類を持っていく。
いつもそうなのか、手慣れなものだった。
「そうなんですか?」
「社内にいないと思ったら、釣り堀で釣りをしてたり、町をふらふら歩いていたり、もう捕獲するだけで大変なんですよっ!」
「まあ、あいつは考え事をしてる時は大抵、そうだからな」
「戻ってきたら、いきなり、あれをするだとか、これがやりたいとか、話し出しますからね」
ただ遊んだり、さぼってるわけじゃないぶん、大変そうだった。
「莉世さんがいると、大人しく座って仕事をしていますよね。本当によかった!」
「コーヒーでも飲んでから、戻りますか?あいつと二人で仕事は気が滅入るでしょう?」
「いえ、もう戻ります」
えー、と不満そうな声があがった。
社長室に戻ると、顔を上げ、私の姿を確認すると、黙って仕事をした。
いつの間にか、私達の沈黙は居心地の悪いものではなくなっていた―――
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