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第15話 初めての出会い
「社長に愛人がいるって思っていたんですか!?」
あははははっ!と大笑いされた。
三匹のうちの一匹をもらった専務はスマホの待ち受けを子猫にしてあり、自慢げに見せてくれた。
猫は実家で飼っているという。
「ないですよ。髪と眼鏡をどうにかすれば、見た目はなんとかなりますけどね」
「あんなボウフラみたいな男、ちょっと付き合えば、二度とごめんだと思うが」
「気ままですからねー……」
はぁ、と一斉にため息を吐く。
「社長の事が嫌になったら言ってくださいね」
「マイペースの塊だからな」
そう。
今もどこかにふらりと出かけて行ってしまった。
何か気になることがあったようで、パソコンの画面を険しい顔で見ていたかと思うと、突然、立ち上がり、いなくなってしまった。
「どこにいったのかしら?」
「少なくとも愛人の所ではありません」
それはもう、いいですから!と思いながら、俯いた。
結婚式当日の夜、猫の様子を見に動物病院まで行っていたらしく、夜はエサやりと猫のトイレをかえ、猫と遊んでいたそうだ。
本当は飼いたかったみたいだけど、みんなに声をかけると三匹とも飼い主が見つかったので、飼えなかったと寂しそうに言っていた。
「まだ亀とか拾ってこないだけ、いいですよ」
「メダカとかザリガニとか、ダンゴムシとかな」
重役達からは小学生だと思われている―――絶対に。
「社長が莉世さん以外を好きになるわけがないんですって」
「ストーカーだよな」
「思い込んだら、一直線ですからね」
「一歩間違えたら、犯罪者だ」
ストーカー?犯罪者?
「どういうことですか?」
私が不思議そうに尋ねるとフロアが騒然となった。
「知らないんですかっ!?」
「社長からきいてないのか?」
「うわぁ……カッコイイ自分だけを見せたくて、内緒にしてるんじゃないですか」
言う?言っちゃう?と悪戯っ子のようにいい歳をした大人の男の人達が顔を見合わせていた。
「知っていると思うんですけど、この会社を立ち上げた時は俺達、まだ高校生だったんです。今でこそ、ネットサービスだけじゃなく、多岐にわたった事業に手を出していますが、そのころは駆け出しで大人と話をしても、なかなか対等に話してもらえなかった」
「そうだったよな。それで、馬鹿にされないようなスーツを買おうという話になって、スーツを買いに行ったけど、若いからか、俺達は子ども扱いでさ」
「それで、最後に行った店が絹山百貨店のスーツ売り場だったんです。そこに莉世さんが働いていて、丁寧に説明してくれて、全員のスーツを選んでくれたんです」
「そうだったんですか!?」
お客様だったなんて。
紳士売り場にいた頃、私は百貨店内を把握するのに必死だった。
全ての売り場を回って、勉強していた所で、どんなお客様に対してもきちんと対応することを心掛けてはいたけれど、印象には残ってない。
「結局、社長があんなんだし、くだけた会社になってスーツはほとんど着る機会もなくなって、常連にはなれませんでしたが」
「絹山でしか取り扱っていない生地でスーツを作ったんですよ。結婚式にみんなで着て行ったのに。気づかないなんて、ひどいなぁ」
「す、すみません。結婚式の日は本当に頭がいっぱいで」
「わかってますって。社長が遅刻してきたせいですから」
「ヘリで登場されたら、全部吹き飛ぶよなぁ」
初対面と思っていたのは私だけで、重役の人達が友好的だったのはその前に会っていたから―――そんな可能性を考えてもみなかった。
「社長に至っては時々、会社を抜け出して見にいってましたからね」
「えええっ!?」
いつ、見られていたのだろう。
まったく覚えてない。
「絹山のお嬢さんだとわかって、簡単に声をかけることができなくて、お客として通ってましたよ」
「婚約を申し込んで、絹山のご両親からオッケーがもらえたと思ったら、すでに莉世さんには婚約者がいて、妹さんと婚約させられてしまった時にはどうなるかと」
「間抜けもいいところだったな。あれは」
「頃合いを見て、説明しようとしていたら、絹山社長が亡くなられて」
はあ、とフロアにため息が広がった。
「お前ら、俺がいないと思って、悪口大会か?」
胸の前に腕を組み、不機嫌な顔をした朗久さんが立っていた。
「そうですよ」
「莉世さんとの出会いから話してました。高校生の頃からの一目惚れに始まる社長のピュアな一面をですね、事細かに教えてあげました」
「おい!」
「百貨店に通っていたこととかな」
「やめろ!」
朗久さんは目に見えて焦っていた。
「最悪だ。お前ら!」
「朗久さん。私、気づかなくて、ごめんなさい」
「いや、それはっ!」
「嬉しかったです」
「え!?」
「私が働いているところを好きになってくれる方がいるんだとわかって」
母も妹の麗奈も私が働くことを良しとしていなかったし、父も内心では口うるさい私を疎んじていた。
それでも、絹山の百貨店を守りたかった。
「莉世さんは素敵ですよ!」
「社長だからって、俺達を牽制して近寄らせないし」
「横暴だ!」
褒めてくれるのは、ありがたいけど、朗久さんの目が怖い。
「当たり前だろ。危険すぎる」
手でさりげなく、ガードしていた。
「俺がいないと思って、好き放題言ってたな」
「それが嫌なら、真面目に仕事をしてください」
「仕事をしてきた、というか、仕事だ」
全員の和やかな空気が一瞬で変わる。
「次はなんです?」
「大仕事ですか?」
朗久さんから、笑みが消える。
「絹山百貨店を買収する」
聞き間違い?
全員が同じことを思ったらしく、あんなに騒がしかったフロアはまるで、誰もいないかのように静まり返っていた。
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