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第16話 忍び寄る危機 (麗奈 視点)
「どうしたんだ?珍しいね。麗奈が職場に来るなんて」
「聡さんの顔が見たかったの。迷惑だった?」
「いや、嬉しいよ」
もしかしたら、私へのプレゼントを買ってくれただけかもしれないわ、と思い直して来たけれど、どうやら違うみたいね。
慌ててネクタイをしたのか、曲がっているし、シャツのボタンはかけ違えて、なんてだらしないのかしら。
なにより、社長室に甘い香水の香りが残っているのに平気な顔をして。
他の女もいるのかしら?
いいわ。
聡さんがモテるのは知っていたし、馬鹿な女が好きなこともね。
「お楽しみのところ、ごめんなさい」
「な、なんのことかな」
「女物のストッキングが落ちているわよ」
聡さんはソファーの方を振り返った。
慌ててストッキングを拾う情けない姿をスマホのカメラで撮った。
「れ、麗奈。これは」
「あなたのご両親だけじゃなく、ご近所にも知られたらどうなるかしら?」
「や、やめてくれ!」
「こんなのもあるのよ?」
ブランド店で腕を組み、いちゃつきながら買い物をする姿やホテルにはいるところ。
「この女性を調べたら、聡さんの前の職場の人だったから、会社に画像をつけてメールで送ってあげたの。この方、結婚予定だったみたいね。婚約者の方にお会いして、画像を見せて差し上げたら、物凄く取り乱していらっしゃったわよ」
「れ、麗奈。頼むよ。これ以上は!遊びだったんだ。絹山の社長になった途端に迫られて断れなかったんだ」
「聡さんは優しいから」
「一番は麗奈だって言ったんだけどね」
「当たり前でしょ?私は寛容だから、一度は許してあげるわ。ただし、二度目は許さないわよ?聡さん?」
聡さんのボタンとネクタイを直してあげた。
「あ、ああ!」
これで、聡さんは私に逆らえないわ。
「悪かったよ。ちゃんと麗奈だけをみるから、言いふらすのだけはやめてくれ」
懇願する聡さんを冷ややかに見下ろし、笑っていると社長室のドアがノックされた。
「なに?」
「鈴岡です」
副社長の鈴岡だった。
父と親しく、副社長の座につく前から父を助けてきたっていうけど。
聡さんは表情を曇らせていて、気に入らないことはすぐにわかった。
「なんの用かしら。入っていいわよ」
入ってきたのは鈴岡と私の元婚約者である時任様だった。
なによ、何の用?
ジャージに眼鏡、目は見えないけど、怒っているようだった。
「お姉様は元気なのかしら?」
「ああ」
短く返事をして、聡さんに対峙した。
二人並ぶと、元婚約者の貧乏くさい服装が目立つわね。
どんなお金持ちでもジャージ男だけは無理だわ。
私の隣に立つのに相応しくないもの。
その点、聡さんは隣にいて恥ずかしくないものね。
―――けれど、以前の様に自慢できる気分にはなれなかった。
まあ、ちょっと見栄えのいいアクセサリーかしら?という程度の気持ちしかわいてこない。
「なんのようかな?」
聡さんは時任様の前に立つ。
「絹山百貨店を潰すつもりか」
「潰すなんて、酷いな。総合スーパーにするだけだ。時代にあってるだろう?」
鈴岡が顔を青くさせて言った。
「スーパー!?この伝統ある絹山百貨店をですか?」
「もちろん。売れるかどうかわからない高価な物を仕入れて売るよりは安くて大量に仕入れることができるものを売る」
「なりません!この絹山百貨店でしか、手に入らない物を取り扱うのが絹山百貨店なんです。それを……」
「絹山の名前を守る必要はないよ。名前もこの際、変えようじゃないか!」
顔を青くさせていた鈴岡と違い、隣のジャージ男はまったく動じていない。
何しに来たの?この男。
「なるほど」
「納得してもらえてうれしいよ。やっぱり、若い君にはわかるんだね」
「ああ。お前が馬鹿だということを理解した。現状を見に来ただけだ。帰る」
ふいっと顔を背けて、もう用はないとばかりに社長室から出て行った。
「生意気な男だ」
「鈴岡。今までご苦労だったわね。聡さんが社長なの。聡さんに従えないなら、辞めて頂戴」
鈴岡は項垂れて、社長室から出て行った。
そうよ。
私は別に絹山の百貨店なんかいらない。
欲しいのは目先の利益と見栄えのいい男だけ。
お姉様みたいにがんばって絹山の百貨店を維持する?冗談じゃないわ。
「聡さん、今日、浮気相手の女性に会いに行きましょうよ」
「なぜ?」
「決まってるでしょ?目の前できちんと別れてもらわなきゃ。もちろん、弁護士付きでね」
慰謝料もちゃんともらってあげるわ。
聡さんは真っ青な顔で私を見ていた。
馬鹿な男でラッキーだったわ。
私は聡さんの腕を掴んで、その腕に頬を寄せた。
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