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第18話 会見 (麗奈 視点)
「買収ですって!?」
聡さんが悔しそうに奥歯を噛んだ。
「そうなんだ。時任が手を回してきた」
お姉様だわ!
あの冴えない旦那を使って、私に復讐するつもりかしら。
百貨店をお姉様は大事にしていたものね。
私はあんなカビが生えたみたいな百貨店なんて、興味ないけどね。
「買収を阻止できないの?」
「残念ながら、株を買い戻すだけの余力はない。向こうは株主リストを持っているのか、株を買い占めて過半数に迫ってきている」
「そうなると、どうなるの?」
「社長解任だ。麗奈とお義母さんは絹山の株を持っていないのか?」
「お父様が持っていた株を相続して均等に分けたから、そんなに多くはないわ」
「くそ!あの男、なかなかのくせ者だぞ」
ぎり、と爪を噛んだ。
お姉様が私に復讐しようとしているのかしら?
きっとそうね。
「大丈夫よ!こうなったら、マスコミを呼んで買収を報道させましょうよ。こっちに賛成してくれる方が現れて、大株主になってくれるかもしれないわ。そうすれば、過半数を阻止できるはずよ」
「なるほど」
「あんな、汚ならしい姿の男と聡さんが並べば、絶対にこっちの味方をしてくれるわ」
いわゆる、イメージ戦略よ!
見てなさい。
恥をかかせてやるんだから!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
緊急会見として、絹山百貨店の社長である聡さんと大株主にとなった時任朗久を呼んだ。
マスコミが勢ぞろいしたホテルの会場に立つ聡さんは爽やかで、女性記者達は楽しげに話している。
聡さんは見ばえがするから、こういう時の立ち振る舞いは完璧ね。
ジャージ男はまだかしら?そう思っていると、会場の入り口でカメラのシャッター音が何度もした。
「時任グループの社長が顔をだすなんて珍しい!たくさん撮れよ!特集を組む!」
「ようやく顔写真が使えますね」
「若くして成功する秘訣はなんですか?」
「ご結婚されたそうですか、結婚生活はどうですか?」
カメラのフラッシュに顔を顰めていた。
顔?―――前髪はあげられて、きちんとセットされ、人形のような整った顔に涼しい目元、スーツを着て、細身だけど、痩せすぎではないがっしりした体。
誰?
まさか、あれが時任様!?
ジャージもメガネもない。
隣には秘書として、スーツ姿のお姉様がすました顔で控えている。
「時任グループの社長が野暮ったいって、誰よ、嘘ついたの」
「すごいイケメンじゃない」
「若いのに貫禄あるわね」
今まで聡さんのそばにいた女性記者が離れて行き、時任様に質問をしていた。
な、なんなのよ!
信じられない。
お姉様は私に盗られると思って、職場での本当の姿を隠していたのね。
聡さんと時任様が並び立つと二人の差は歴然だった。
質問も聡さんではなく、時任様に集中した。
「時任グループが絹山百貨店を買収する目的はなんでしょう」
「歴史ある絹山百貨店を大型スーパーにすると耳にし、残念に思ったのもありますが、今後は我が社のネットサービスと百貨店を連携させ、新たなサービスを展開していくつもりです」
時任様はプレゼンを開始し、それが報道されると、株価が上昇する。
それに比べ、聡さんは聞いているだけ。
「絹山百貨店は独自の仕入ルートや古い繋がりが多い。他では買えないような物を売るという歴代社長の考えに共感しています」
「たとえば、どんな商品でしょうか」
「そうですね。私が着ているスーツですが、絹山百貨店で昔、仕立てたものですが、流行に左右されず、生地もしっかりしている。見てみますか?」
そう言って上着を脱ぎかけた姿には色気があり、男女問わず、その姿に魅入っていた。
まるで悪魔みたいな男だと思った―――人を魅了するような目で煽り、不敵に笑う。
女性記者達はきゃあきゃあ言いながら、スーツに触っていた。
見てみるか、聞かれただけなのに何、触ってるのよ!
「素敵です」
「すっごく似合ってます」
「ありがとうこざいます。私が起業し、初めて買ったスーツで、紳士売り場で働いていた妻が選んでくれた物です。皆さんも一着はお持ちになるといい」
「確かに立派なスーツを着ていると、気持ちが引き締まりますからね」
記者がうんうん、と頷いているけど、私は大声で言ってやりたかった。
その男はジャージしか着ないのよ!
騙されてるわよ!
そう言ったところで、だれも信じてはくれそうにない。
「それでは、絹山百貨店は奥様との出会いの場所だったと!」
「そうですね。その思い出の場所を失いたくはない」
会場から、ロマンチックな話にほうっと感嘆の溜め息が漏れた。
「時任社長、写真よろしいでしょうか」
まるで、モデルのように写真を何枚も撮られて、気づくと会見は終わっていた。
残された私と聡さんは立ち尽くしたまま、なんの言葉もお互いなかった―――
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