第20話 私の物を返して (麗奈 視点)

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第20話 私の物を返して (麗奈 視点)

莉世(りせ)は何を考えているのかしら!」 「酷いわ。私から婚約者を奪っただけじゃなく、お父様が遺してくれた百貨店を絹山から奪うなんて!」 リビングのテーブルの上に泣き伏せると、お母様は優しく背中を撫でてくれた。 絹山百貨店を時任(ときとう)グループに奪われたお母様は激怒していた。 「そうね。私もどれだけ、この町で肩身が狭いか。鈴岡が社長だなんて!」 絹山百貨店の名前は残るけど、創業家(そうぎょうけ)から余所者(よそもの)が乗っ取ったあげく、成り上がり者に奪われた―――お母様はこの町の奥様集団の底辺にまで落ちた。 私達が持っているのは株が少しとお父様が遺してくれた家くらい。 維持していくだけのお金は入るけど、贅沢はできない。 許せない。 お姉様の勝ち誇った顔が目に浮かぶ。 これで、私に勝ったなんて思わないでよね。 「それにしても、(さとる)さんにはがっかりだわ。優秀だと聞いたから、麗奈の婚約者に相応しいと思ったのにあんな成金に負けて!露原さんも謝りにきたけれど、謝ってすむ問題じゃないわ!」 「ねえ、お母様。私、本当は時任様が好きだったの。でも、言い出せなくて」 「まあ……。どうして?」 「時任様を諦めさせるためにお姉様が聡さんを使って、私から時任様との婚約を破棄させるように仕向けたの。お姉様はわざと聡さんに冷たくして、私に興味が向くようにしていて……辛かったわ」 「まあ!」 泣きながら、お母様の袖を掴んだ。 「お姉様が怖くて、ずっと言えなかったの」 「なんて、娘なの!絹山の家から百貨店を奪っただけじゃなく、妹の婚約者まで!いいでしょう。時任様に一度、話をしに行きましょう」 「ええ、お母様」 私の言葉をすっかり信じたお母様は怒りで目をギラギラさせていた。 これでいいわ。 だいたい時任様は私の婚約者だったんだから! 返してもらっても問題ないわよね? お姉様だけを幸せなんかにしてやるものですか! ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 運転手を雇えなくなった私とお母様はタクシーを使って、時任グループの本社まできた。 雇えなくなったのは運転手だけじゃなくて、家政婦も雇う余裕はなくなってしまった。 だから、毎日、パンやお弁当でうんざりよ。 ゴミをだすのは聡さんを呼んでやってもらっているけど、掃除はお母様が時間をかけて、なんとかしているみたい。 お嬢様育ちのお母様はかなり苦労していて、そのストレスもあるのか、今までの生活を奪ったお姉様を憎んでいた。 時任の本社は思ったよりも大きくて圧倒されてしまった。 成金のくせに立派な建物ね。 お母様は頭に血が上っていて、少しも物怖(ものお)じしていない。 「時任社長はいらっしゃる?」 「は、はい。どなたでしょうか」 「絹山と言えば、おわかりになられるわ」 「お待ちください」 受付嬢が慌てていた。 「重役室までご案内します。こちらへ」 エレベーターに乗り、広いフロアに出た。 「重役フロアになります。こちらでお待ちください」 そういうと、逃げるように受付嬢は去っていった。 フロアには若い男の人達が仕事をし、一斉にこちらを見た。 全員、世間一般ではイケメンと呼ばれてもおかしくない。 おじさんばかりだと思っていたのになんてレベルの高い集団だろうと、眺めていると、その中の一人が近づいてきた。 「莉世さんのご家族ですか」 背が高く、眼鏡をかけた男の人で他の人よりは落ち着いた空気がある。 「今日はなんのご用でしょうか」 「それは時任様に話します!早く呼んできてちょうだい!」 お母様がヒステリックに叫ぶと、社長室のドアが開き、ボサボサ頭の男が現れた。 何度見ても、汚ならしい。 まあ、いいわ。 私と結婚したら、綺麗にさせればいいんだし。 「時任様、今日は大切な話があってきたの。社長室にいれてくださらない?」 甘い声で時任様に話しかけた。 「断る」 もっと口の利きようがあるでしょ!? なんなのこの男! 「何しに来た」 「なんて、挨拶なの!ここで話すような内容じゃありませんよ!それでも、こちらで、お聞きしたいのかしら」 「手短にどうぞ」 最低限の会話しか、するつもりはないのか、業務的に時任様は言った。 「麗奈があなたを好きだったことはご存じね?莉世があなたを好きになって、麗奈から奪ったのよ」 「莉世が?俺を好きになって?」 なに嬉しい顔してるの、この男。 さっきまで無表情だったのに。 「ありえない!」 重役フロアからブーイングが飛んできた。 「社長、いいところだけ、切り抜いてニヤニヤしないでくださいよ」 「いやらしいですねー」 「あんな大人にはなりたくないな」 「お前ら、ちょっと黙ってろ!」 お母様はこほん、と咳ばらいをした。 「だからね、莉世と別れて麗奈と結婚するのが、いいんじゃないかしら」 そうお母様が言った瞬間、時任様は低い声で答えた。 「ふざけるな。誰が別れるか」 まるで、肉食獣のようにこちらを睨みつけた。 髪の隙間からのぞいた目はゾッとするほどに冷たく、鋭い。 私もお母様も声がでなかった。 恐怖で――― ガタッと椅子から立ち上がり、数人飛び出してきて、お母様と私をエレベーターに押し込み、ボタンを押した。 エレベーターのドアが閉まった。 そのドアを開けようとは私もお母様も思わなかった―――
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