第22話 私の意地

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第22話 私の意地

莉世(りせ)。今日も百貨店へ行くのか?」 「ええ。北海道フェアがあるので、様子を見に行きたいんです。皆さんにプリンを買ってきますね」 「わー!ありがとうございます!」 「他にもなにか欲しいものがあれば、買ってきますよ」 朗久(あきひさ)さんからは麗奈(れいな)やお母様に会わないように、と言われていた。 百貨店には鈴岡のおじ様もいるし、出向中の時任グループの方達もいる。 そんなおかしなことはしないと思うけれど。 「社長、受付から電話でリフォーム会社の人がきてますよ」 「ああ。通してくれ」 「どこか、リフォームするんですか?」 「ああ。家をな」 別荘でも持っているのかしら?と思いながら、開店時間が迫っていたので、詳しくは聞かずに会社から出た。 「莉世様。社長から、絹山百貨店まで送るようにと承っております」 会社から出てすぐの所に運転手さんが待ち構えていた。 「は、はあ」 最近、朗久さんの過保護ぶりに拍車がかかっているような気がする。 どこに行くにも運転手さんが送ってくれるし、百貨店では出向した人が付き添う始末。 こんなに自分のことを心配されるなんて、思ってもみなかった。 「大事にされているようで、安心したよ」 鈴岡のおじ様は一緒に売り場を見回りながら、そう言ってくれた。 「そうですけれど」 「結婚式の時はどうなるかと、思っていたよ。しかし、時任社長は変わった方だが、悪い人間ではない」 「ええ」 絹山百貨店はネット限定などの商品も増やしており、売上は上々だった。 紳士服売り場に行くと、スーツ売り場は盛況で絹山百貨店にしか卸していない新しい生地が入ってきていた。 「これはいい生地だ」 「わかります?朗久さんの会見を見た繊維工場の社長さんがインスピレーションが沸いたと言って、新しく作ってくださったんですよ。実は朗久さんに内緒で、この生地でスーツを頼んであるんです」 出来上がりが楽しみだった。 毎日、ジャージだから、着る機会は限られるけど、私なりの感謝の気持ちだった。 「ははは。売り場に写真を飾るとまた売れそうだな」 絶対に飾りませんよと言いかけたその時、カツカツとヒールの音をさせ、近寄る人がいた。 「莉世っ!」 「麗奈!?」 鈴岡のおじ様がさっと前に出た。 髪は後ろにゴムでまとめ、化粧も最低限で以前の麗奈からは想像もできない地味なグレーのリクルートスーツを着ていた。 何があったのだろう。 「お姉様、よくも私から何もかも奪ってくれたわね!」 「なんのこと?」 「とぼけないで!お姉様は婚約者も百貨店も奪ったくせに!いつも地味な服を着ていて、どうやって、あの時任様をたぶらかしたのよ!」 「朗久さんとの婚約を解消したのは麗奈でしょう?絹山は百貨店であることに意味があるの。お客様にとって、少しだけ特別な場所であること、唯一の物が手に入る場所であってほしいのよ。それに麗奈が地味だと、馬鹿にしていた私の服はこの絹山百貨店の商品よ」 見た目は地味だと思われるかもしれないけれど、物は確かで何年も着れる特別な服だった。 「気づかなかった?私が着ているジャケットもスカートも絹山百貨店でしか取り扱わない生地で作られているの。これを作って頂けるのは歴代の社長が長くお付き合いをしてきた方々のご協力と信念のおかげよ」 麗奈は黙り込んだ。 「麗奈、わかってほしいの」 「わかるものですかっ!私がどんな暮らしをしていると思ってるのよ!」 パンッと頬を叩かれ、呆然と立ち尽くしていると、鈴岡のおじ様が慌てて、警備員を呼び、わめき散らす麗奈を引きずるようにして連れていった。 「大丈夫かい!?」 「え、ええ」 叩かれた頬が痛んだけど、それ以上に麗奈に理解してもらえなかったことが、悲しかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「叩かれたんだって?」 仕事を終えて、帰ってきた朗久さんは麗奈が来たことも、頬を叩かれたことも知っていた。 誰かから聞いたのだろうけど、赤くなった頬を険しい顔で見ていた。 「平気です。疲れたでしょう?夕飯を温めますね」 「ああ」 朗久さんは怖い顔をしたまま、どさ、とダイニングチェアに座った。 そして、重大な決断をするかのように低い声で重々しく言った。 「今度、パーティーをする」 「パーティーですか?」 「ああ。絹山百貨店と時任グループの新事業を祝って、祝賀パーティーをしたほうがいいという話になったんだ」 パーティーなんて嫌いそうなのに。 朝よりも疲れているせいか、髪の毛のぼさぼさが増した朗久さんをじっと見つめた。 「どんなパーティーにするんですか?」 「そうだな。アットホームな空気にしたいかな」 「ほのぼのとしたかんじですか?」 うーんと唸りながら、少し考えてから、朗久さんはきっぱり否定した。 「いや、そうでもない」 それじゃあ、どんなかんじ!? 「パーティーの準備はこっちでやる。莉世は忙しいだろう?気にしなくていいからな」 「そうですか?」 「ああ。大丈夫」 さっきまでの怖い顔が消え、口角をあげて笑っていた。 なに? そんなに楽しいパーティーなの? なんとなく、嫌な予感がしたけれど、朗久さんが食事を初めてしまい、それ以上は聞くことができなかった。
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