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第25話 家族
「第一回、カップ麺対決を始めるぞ」
第一回ということは第二回もあるの?
エレベーターから降りた途端、そんな声が聞こえた。
今日は用事があったため、百貨店には行かず、用事を済ませて会社にきたのだけど、朗久さんが段ボールいっぱいにカップ麺を用意して、お湯を沸かし始めたところだった。
それを見て、重役の面々は困り果てた様子で、朗久さんを見ていた。
「社長、仕事をしてくださいよー」
「これは、なんの仕返しだ?」
「たぶん、昨日、社長が食べていたカップ麺、あんまり人気がないって言ったせいかもしれません」
「あー、つまり。あの段ボールの中にあるのは自分の好きなカップ麺で、俺達に『おいしい』と言わせようとしてるのか」
やれやれと重役全員がため息をついた。
朗久さんは気にせず、せっせとカップ麺の蓋を開けて、薬味をのせたり、粉末スープを開けたりしている。
「皆さん、おはようございます」
「莉世さん、おはようございます!」
「あの、朗久さんにお話があります」
そう言うと、なぜか周りにいた人達は嬉々として私に言った。
「あー、わかった!社長に愛想を尽かしたとか?」
「早く言ってください。莉世さん。有能な弁護士を紹介しましょう!」
「遅いくらいだったな」
うんうん、と頷きあっていた。
「ち、違います!」
なぜ、そうなるの!?と思いながら、否定すると全員、残念そうだった。
がっかりしながら、席に戻るのを見て朗久さんが声を張り上げた。
「お前ら!いい加減にしろよ!」
怒りながら、私の手をつかむと、フロアから出て社長室に連れて行った。
「あの猛獣どもめ!油断も隙もない!」
朗久さんに比べたら、無害だと思うけど。
怒っていたので、それは言わないようにした。
「それで、なんの話だ?まさか本当に愛想を尽かしたとかじゃないだろうな」
「違いますよ」
「ならいい」
「今日、病院に行ってきたんです」
「どこか悪いのか!?」
がしっと両腕をつかまれた。
前髪から見えた目が不安そうで、思わず、吹きだしてしまった。
「笑うか!?」
「ごめんなさい。あの、産婦人科に行ってきたんです。その、妊娠しました」
「子供ができたのか!?」
「そうですよ」
「早く言え!」
ギュッと抱き締めて、屈託ない笑みを浮かべて、笑った。
「嬉しいですか?」
「当たり前だ。家族が増えるんだからな。それで、どっちだ?男か?女か?」
「まだわかりませんよ」
「そうか。どっちでもいいか」
朗久さんは社長室を出て、重役フロアに行こうとしたので、それを止めた。
「ま、まさか!皆さんに言うつもりですか!」
「ああ」
「そっと、皆さんに伝えてくださいよ?」
カップ麺対決をするよう宣言されてはたまらない。
「わかった」
静かな足どりで重役フロアに行くと、朗久さんはこほん、と初めて社長らしく咳払いし、言った。
「みんな、聞いてくれ」
「次はなんですか」
「嫌な予感しかないな」
「カップ麺のお湯、沸いてますよ」
ふっと朗久さんは鼻先で笑い飛ばした。
「莉世に子供ができた!よって、お前らの出る幕はない!わかったか!」
「えええ!」
「よりにもよって、こんな男の子供をっ!」
「祝えよ」
朗久さんが言うと、拍手が起きたけど、ブーイングが混じっていた。
私はといえば、恥ずかしさのあまり、遠巻きにフロアを眺めるしかなかった。
子供が生まれてもきっと変わらず、こんなかんじなんだろうと思うと、微笑ましく思った。
きっと私は朗久さんとずっと楽しく暮らしていける。
私の結婚相手が朗久さんで本当によかった。
楽しそうにしている朗久さんをみて、心からそう思ったのだった。
【本編 了】
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