6076人が本棚に入れています
本棚に追加
第4話 新居
結婚式が終わり、遅刻してきたことを時任様ではなく、重役の人達から平謝りされた。
そして、その後で社長なのに叱られていた。
「髪を切ってこいと言っただろうが!」
「コンタクトレンズも用意したのが、あったでしょう!?」
「切りたくなかった。目が疲れていたせいで痛かった。そういうことだ」
時任様が少しも悪びれもせずに言うと、さらに周りはヒートアップしてしまった。
「いい歳をして、子どもみたいな言い訳をするなっ!」
それには同感だったけれど、タキシードを着替えた社長はなぜか、パーカーにゆったりとしたカーゴパンツをはき、ビーチサンダルだった―――夏でもないのに。
「お前ら、本当に元気がいいな。無事に結婚式が終わったんだから、もういいだろう。とっとと帰るぞ」
重役達はその態度になおも怒りを募らせていた。
「心配すぎて帰れなかったんだろっ!」
「ちゃんとマンションまで連れていきなさい!」
目が隠れて、わからなかったけれど、こっちをちらりと見たような気がした。
「わかった、わかった。行くぞ」
「返事は一回でよろしい!」
遠く離れてもまだ怒られいた。
時任様は私の腕を掴むとその場から逃げるように式場を後にし、運転手付きの車に乗ると、新居のマンションに連れてきた。
高層マンションは塔のようにそびえ立ち、ポケットから無造作にカードキーを出した。
「おかえりなさいませ。時任様」
「あー、ただいま」
「ご結婚おめでとうございます」
コンシェルジュの人が花束をくれた。
「ありがとうございます」
お祝いしてくれるのはありがたいけど、肝心の時任様は何食わぬ顔でさっさとエレベーターに乗ってしまう。
慌てて、一緒に乗った。
「あの」
「もっと早くにマンションに来るのかと思った」
「いけませんでしたか」
「いや、構わない。自由に使えばいい、そう思ってカードキーを渡しただけだ」
「はあ」
最上階の部屋の窓から見える眺めは絶景だった。
ビルを見下ろして、川や公園、人の行き来する様子や車の列なども見える。
「すごい所に住んでいますね」
「そうか?俺の部下達は馬鹿と煙は高い所に上るって言っていたな」
「まあ……」
なんて返せばいいのか、わからなかった。
部屋のドアを開けると引っ越しの荷物が届いていた。
大して荷物はないので、すぐに片付けることができそうだった。
初めて入る部屋だったけど、汚れたところはなく、気になるといえば、物が少ないということだろう。
本当に住んでるの?と思ったけど、女遊びをしていると聞いていたから、もしかしたら、あまり帰ってこない人なのかもしれない。
「時任様」
「その呼び方おかしくないか。もう俺の妻だよな?」
「そっ…そうですね。何と呼べばいいですか?」
「朗久かな。俺は莉世と呼ぶから、それでいいんじゃないか?」
「それじゃあ、朗久さん、とお呼びします」
だらしない服装で年齢もずっと下なのについつい敬語になってしまうのは朗久さんの態度が何をしても堂々としているからだと思う。
戸惑い、どうしていいかわからず、おどおどしている私とは正反対だった。
「さん、ね。まあ、いいだろう」
言っていることはわかるけど、そんな簡単には直せそうもない。
なにしろ、今日が初対面のようなものだったから。
「それで、なんだ?」
「え、あの、借金を肩代わりしてもらい、ありがとうございました」
結婚が条件だったとはいえ、絹山の家が助かったのは事実だ。
深々と頭を下げると、朗久さんは顔を顰めた。
「そんなことか」
「そんなことって……数千万単位で借金はあったでしょう」
途中で計算するのを放棄してしまいたくなるほどに―――
「さあ?覚えてないな」
興味もないようだった。
「それから、結婚相手は妹だと思われていたはずですが、お相手が私でごめんなさい。なるべく、お邪魔にならないよう生活をしますから」
「邪魔にならないように?」
「はい。今まで通り、ご自由になさって下さい」
「自由にって?」
「外に女の人がいらっしゃるとか。私は気にしません」
「そうか」
固い声に相手が怒ったのでは?と思ったけれど、女の人がいることを知っていたことに気を悪くしたのかもしれない。
きっと若くて可愛い子なのだろう。
私は歳も朗久さんよりずっと上で妹の麗奈が言っていたように『若い方がいい』はずだ。
結婚相手が私というだけでも申し訳なさのあまりに顔も見れない。
「疲れた、寝る」
「えっ?」
顔をあげると、すでに朗久さんは背を向け、ソファーのあるところにいた。
他にも聞きたいことがあったのに朗久さんは電池が切れた様にドサッとソファーに倒れこむと、眠ってしまった。
「……どうしたら」
私は眠っている朗久さんを起こさないよう、一人静かに引っ越しの荷物を片付けたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!