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第5話 私の欲しいもの (麗奈 視点)
お父様が亡くなった。
多額の借金を残して。
莉世お姉様はお父様の秘書をしていたのに気づかなかったみたい。
ほんっっと、昔からトロくてぼんやりしていて、バカなんだから。
そのくせ、お父様に気に入られていて、お父様はお姉様によく話しかけていた。
私がお父様に話しかけても生返事ばかりでまともに話を聞いてくれたことはないのに。
なんなのよ。この扱いの差は!
極めつけは婚約者だった。
事もあろうか、露原聡さんを莉世お姉様の婚約者にお父様は選んだのた。
そして、私にはあの変人で成金の時任朗久を与えた。
どうして、私の相手があんな浮浪者みたいな男なのよ!
その点、聡さんは次男でいい大学をお出になられていて、商社にお勤めで家柄もよくて、私だけじゃなく、友人達も狙っていたわ。
それをなにもしないお姉様が手に入れた―――そんなの絶対に許さない。
しかも、婚約が決まってからもお姉様は仕事ばかりで聡さんを放置状態。
聡さんが食事に誘っても残業があると言って断ってしまうし、旅行に誘えば、海外出張と言って断っていたのには呆れたわ。
「麗奈、莉世さんの様子はどうだった?結婚式は無事に終わったのか?」
結婚式が終わり、自宅に帰ってしばらくすると、聡さんが訪ねてきた。
元婚約者のお姉様が取り乱してないか、知りたかったみたい。
いっそ、みっともなく泣いてくれたら、もっと面白かったのに
可愛げがないったら。
「それがね、すっごくおかしいのよ。結婚相手の時任様が遅刻してきたの。しかも、髪はボサボサで眼鏡をかけていて、だらしないのよ。噂通りの非常識な人だったわ」
「それはひどいな」
時任様の姿を想像し、聡さんは笑った。
そうよね。それが普通の反応よ。
「私も友達も大爆笑よ。お姉様は気丈にふるまっていたけど、内心はショックだったと思うわ」
「可哀想に」
「あら。私が結婚すれば、よかったっていうの?」
「いや、そうじゃないけれど」
聡さんは笑った。
「明日から、聡さんは絹山百貨店の社長よ。頑張ってね」
「ああ。莉世さんには悪いけど、僕のやることにあまり口出しされたくはないからね。絹山社長に莉世さんはいろいろ注文をつけていたみたいだし。そういうのはちょっと」
「お姉様は出しゃばりなところがあるものね」
聡さんは商社に勤めているけど、社長になるのと一介のサラリーマンじゃ全然違う。
歴史と伝統ある絹山の百貨店の社長よ?
嬉しいに決まってるわ。
「頑張るよ」
「頑張るのはいいけれど、私のことも忘れないでよ。聡さん?」
「わかっているよ」
聡さんの膝の上に乗り、首に腕を絡めてキスをした。
こんなこと、お姉様は絶対にできないでしょ。
「ね、聡さん。お姉様の様子を見てくるわね」
「それがいいね。百貨店に近寄らせないようにしてくれよ。仕事の邪魔をされたくない」
「任せておいて」
素敵な婚約者と結婚できず、百貨店の仕事も失って、実家からは追い出されて、何もかも失くしてしまったお姉様が一人寂しく打ちのめされている姿をこの目に焼き付けてくるつもりだった。
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